ただセックスがしたいだけ


「ただセックスがしたいだけ」

 大きめのポケットならば、すっぽりと収まるような小さく薄いこの本を、左京区北白川のガケ書房で買った。

 画家・牧野伊三夫さんの「ただセックスがしたいだけ」という絵に触発されて作家の桐野夏生さんが書いた短編小説に、更に牧野さんが挿絵をつけて自費出版された本。

 絵から小説が生まれ、またその小説から絵が生まれ、出来上がった小さな本。

 芸術が「生まれる」というものは、そもそもそういうものだ。心を揺さぶられるものと出会い、それが視覚から嗅覚から触覚から体内に入り込み、卵子と結合し、生まれた子供が、芸術だ。そしてまた、それが、新たに人の心を、揺さぶる。

 この本は、形も装丁も、生まれた経過も、何もかもロマンティックで、存在を知ったら、手に取らずにいられなくなり、ガケ書房まで行った。

 思ったより、小さく薄い本で、そして描かれた小説は、本当に「ただセックスがしたいだけ」の、愛とか恋とか夢とか甘い言葉でコーティングされていない、剥き出しの身も蓋も無い人間の物語だった。けれど、ロマンティックとほど遠い、この物語が、ひどく、切ない。

 さらさらとした紙のカバーが、手触りが良くて、手に取るだけで、嬉しい。誰かにプレゼントしたくなる本だ。この感覚を分け合える人に、プレゼントしたくなる本だ。

 電子書籍が浸透して紙の媒体は廃れる――確かに言われているように、なるかもしれない。けれど、このさらさらとした手触りで、いい香がする、誰かに贈りたくなる本――これは、紙の媒体でしか味わえない。

 私も、こんなふうに、「プレゼントしたくなる本」を作りたい。
 
 そして、こんなふうに惹かれるものに触れ、結合し呑みこみ受精して、胎内で育てたものを出産して、人の心を揺り動かせたらなと、切に、切に、願う。

 それが、わたしにとっての、子供なのだ。