「AV黄金時代 〜5000人抱いた伝説男優の告白」 太賀麻郎・東良美季 〔後編〕


「ただ、セックスしてる、その瞬間は判るよ。その女の子の全てがわかる」

「何日、何ヶ月、何年と付き合うよりも?」

「うん。幾晩語り明かし、何千何万という言葉を交わすより、たった一度セックスした方がわかる。ねえ、なぜだと思う?」

「さあね」

「それはね、人間は今しかわからないからさ。俺達は今、この瞬間を理解することしか出来やしない。長い時間なんて、永遠の謎でしかないのさ――」

                 (「AV黄金時代」より)

 太賀麻郎(たいがあさお)
1964年5月26日、東京生まれ。AVの仕事で2000人、プライベートで3000人、合わせて5000人の女を抱いた伝説の男優。19歳のときに『あやめの本番─わたしの舌には硬すぎる』でデビュー、『いんらんパフォーマンス』シリーズなどの代表作はじめ2000本に出演。
 

 私が太賀麻郎について知っているいくつかのこと。父親は有名なデザイナーであり、その気難しい父親を振り向かせる為のサービス精神と父の存在の大きさへの反発を持ち合わせていること。長身で髭を蓄え、毛皮にジャージという素っ頓狂なファッションに身を包み、別れた奥さんとの間に出来た2人の女の子を育てているシングルファーザーであること。他人の借金を背負った結果、自己破産し、稼いだお金は全て失っていること。くだらなさ過ぎるダジャレを連発すること。人の目をじっと見て喋ること。ふざけているように見えて、怖いぐらいの観察眼を持っていること。そしてビデオの中で彼に抱かれた女達が時には彼に恋をしたり、号泣してすがり付くこと――。

 1980年代、AV男優としてトップに上り詰め、月収は300万円を超え、仕事だけでなくプライベートでも多くの女に「セックスしたい」と望まれ、そしてそれらを全て受け入れ寝た男。
 「AV黄金時代」は、彼の告白が同時代に同じ業界に生きた東良美季によって描かれている。太賀麻郎という男優を通して、その世界に生き、今は殆ど消えていった男達、女達の物語。覚醒剤、ヤクザ、風俗、そして芸能界をかすみながらそこに生きてきた、流れ着かざるを得なかった人間達の物語。ある程度以上の年齢の男性ならば、ここに登場する女優達の中に懐かしい名前を見つけることが出来るはずだ。
 
 代々木忠「いんらんパフォーマンス 恋人」の中で、女は一緒に上京した恋人がいるのにも関わらず太賀麻郎に惹かれてゆき、衝撃的な結末を迎える。
 中村淳彦「恋愛できないカラダ 春うらら」では、親との関係に苦しみホストに貢ぎ様々な性風俗を経て壮絶な人生を歩んできた少女が太賀麻郎に抱きしめられ「こんなの春うららじゃない」と号泣する。

 いわゆる「お仕事のカラミ」で終わらない太賀麻郎のセックス。「名前のない女たち」などのベストセラーを執筆したノンフィクション作家・中村淳彦は、彼を「カリスマ」と称し続けていた。
 AV男優というより、「サオ師」と言った方が、この世界には相応しい言葉のような気がする。彼らは「用意された」目の前の女に勃起し挿入し、指示され射精する。AV男優には女優のような華やかさもないし、どちらかというと「職人」という匂いを感じるのだが、太賀麻郎に関しては「職人」という言葉は似つかわしくない。
 何故女は、彼に恋をし、抱いてくれとせがみ、泣くのか。
 太賀麻郎はじっと相手の目を見る。目に映る女の弱さや寂しさを探るように相手の目を見る。

 「AV黄金時代」の解説で、AV監督・代々木忠はこう書く。


「テクで女をイカせる男優は大勢いたが、麻郎はセックスで女を幸せにしてしまう男だった。セックスにおいて心と心のつながりがいかに重要であるかを、私は当時の麻郎から教えてもらった」


 私はかつて、二度ほどセックスして泣いたことがある。別々の男とのセックスだ。一度は幸福と、その幸福がこれから失われることの予感に泣き、もう一度は目の前の恋人ではない男が自分を受け入れてくれていることの喜びに泣いたのだ。
 自分の「セックスしたい」という欲望はキチガイじみているとたまに思うことがある。何故そんなにもセックスがしたいのか。「あなたは男の心を信じられないから、より肉を求めるんだよ」と言われたこともあるが、その通りで、肉体を繋げ欲望のベクトルとして勃起し射精されることの確かさを私は欲しているのだ。口は嘘を言う、心は変わる、けれど、目の前の自分と繋がる肉体に嘘はない。だから、信じられる。そういう自分は寂しい人間だと思う。私は愛されたいのだ、切に切に愛されたいのだ。けれど愛し方もわからず愛されもせず何よりも信じられない、自分も相手も。
 私がセックスを好きなのは甘えられるからだ、素になれるからだ。私は私を捉えているものから開放されたい。そして愛されたい。「永遠の愛」なんて信じられない。ならば瞬間だけでも愛されていると思いたい、必要とされていると思いたい、ここにいていいんだ、生きていていいんだと思いたい、存在を許されていると思いたい。瞬間だけでもそれを感じたいから、セックスしたい。信じられるのはそれだけだ。だからそれが叶えられた時に、泣いたのだ。

 太賀麻郎のように、目の前にいる「私」をじっと見て、「ここに君は居ていいんだよ」と言葉だけではなく体で包み込んでくれたなら、泣くかもしれない、きっと泣くだろう。

 けれど、人の寂しさは、そこで終わらなくて。

 太賀麻郎とセックスをすれば幸せになれるかもしれないけれど、太賀麻郎に恋をしたら地獄だ。

 抱きしめられても、抱きしめられないから。抱きしめさせてくれないから、自分のものには絶対にならないから。「私だけ」を見つめてくれるのは、瞬間でしかないから。恋をして「それ以上」を望んだ瞬間に地獄が口を開けて待っている。執着と嫉妬という地獄が。
 太賀麻郎はmixiの日記でも「俺は『つきあう』ということをしない。先のことはわからないから約束なんて出来ない」「今、好きでシタイ、それが全て」と言う、今が全てだって。それを聴く度に、たまにそれって無責任なだけじゃないかとか、ズルいんじゃないかとか、結局愛してないからじゃないかとか思いスッキリしない。
 執着や嫉妬が愛だとは思わない。所有することは愛じゃない。けれど、好きな人とずっと一緒にいたい、離れたくないと思うことは、ごくごく当たり前の欲望だと思うし、自分がそういう気持ちをごまかしていた頃は、実はすごく苦しかったことを考える度に、太賀麻郎のような「今」しかない人に恋することは、すごく恐ろしいことだと考える。もし彼に恋したら狂ってしまうかもしれない。寂しさに壊れてしまうかもしれない。「AV黄金時代」の中でも、太賀麻郎に恋する女性が「麻郎くんといると不安になるの」という台詞を言うが、私もきっとその不安に耐えられないだろう。狂って壊れて――どうなってしまうのだろう。

 肌を合わせないと、わからないことがある。目の前の相手がどういう人間で何を欲しており、何が欠けているのか。セックスは魔物だ。そこに愛とか恋などが介在しなくても、人の心に踏み込んでしまう悪魔でもあり、人を幸福にする天使でもある。人の心を操ることもあれば救うこともある。そして太賀麻郎という稀なる男は、支配せず操らず溺れさせず、それでいてセックスで女を幸福にするという「才能」を神から与えられたのだとしか思えない。けれどそれに縋ろうと「恋」という執着を始めた瞬間、女は地獄を見る。
 太賀麻郎は、天使であり、悪魔であり、優しく無責任でだらしなくて無茶苦茶で残酷で、私は彼のような人間を他に知らない。とにかく太賀麻郎は、稀なる人なのだ。

 アダルトビデオは男の欲望の為に存在するもので、欲望なんてエゴイスティックな最たるもので、だからアダルトビデオが女を傷つけることなんて当たり前のことだ。そこから目を逸らしてアダルトビデオを礼賛したり、違うものに摩り替えようとする人種にこそ欺瞞を感じるし、たまにその世界の裏の掃き溜めのような暗い淵を覗き込んで何とも言えない気分になる。
 けれど、アダルトビデオは確かに人に望まれ存在してきたものだ。必要とされてきた。そしてそこでしか生きられない人間もいる。「そこでしか生きられない人間」というのは、つまりは正直なのだ。人に非難されても蔑まれても、正直に生きるしか出来ない人間なのだ。
 そして、「AV黄金時代」を疾走した彼ら彼女らも、不器用で正直で、血の通った人間なのだ。
 太賀麻郎の口から語られ、東良美季の筆で奏でられる、胡散臭く、猥雑な世界、そこに生きていた可憐で凛とした花のような女達と、雑草のように地を這いずり回りたくましく生きてきた男達の世界を、どうぞ、覗き込んで欲しい。

 たかが、アダルトビデオ。
 されど、アダルトビデオ。

 男が欲望処理の精液を出す為に作られた猥雑な映像。その世界に流れ着かざるをえなかった男達が語った、確かに存在した時代の物語。
 
 セックスは、子孫を残す為だけのものじゃない。我々がセックスをしたいと思うのは、性欲処理以外の「何か」があるからだ。一度でも、そう思ったことのある人ならば、そこで生きる男の告白を手にして欲しい。


 たかが、アダルトビデオ。
 されど、アダルトビデオ。


 たかが、セックス。
 されど、セックス。

 あなたは何故、セックスがしたいのか。どうしてセックスは人を幸福にも寂しくも出来るのか。セックスにもれなくついてくる、様々な感情、切なさ、寂しさ、愛おしさ。
 それらを感じたことのある人ならば、太賀麻郎の語る世界に、一度、触れて欲しい。



AV黄金時代 5000人抱いた伝説男優の告白 (文庫ぎんが堂)

AV黄金時代 5000人抱いた伝説男優の告白 (文庫ぎんが堂)





 メンズサイゾーに中村淳彦さんが書かれた「AV黄金時代」の記事。必読。http://www.menscyzo.com/2010/06/post_1358.html


 菊乃&ハルミさんによる太賀麻郎ファンブログ「今夜も手放し運転」http://blog.livedoor.jp/tebanashi_unten/


 「いんらんパフォーマンス 恋人」(代々木忠監督)のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/hankinren/20090306#p1

 「恋愛できないカラダ 春うらら」(中村淳彦監督)のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/hankinren/20071221#p1