夏をあきらめて


 恋をしていない夏なんて、何年ぶりだろう。
 もうそんな夏さえあったことを忘れてしまうほど、昔。

 苦しくなくて、とても自由な夏。
 恋愛という熱病にかかっていない夏。
 恋をしていない夏を、私は楽しんでいる。

 去年より、今年の夏はいそがしくて、どうかしてる。
 

 夏なんで、夏らしいことをせねば。
 と、思いつつ、いつのまにか京都の夏の風物詩・祇園祭も終わってしまいました。

 さてさて、8月の外せない夏行事といえば、まず8月2日に滋賀県高月町にて「観音まつり」が開催されます。
 去年も行ってまいりました→コチラ
 普段見られないような観音様が多数御開帳されます。私は昨年、初めてこのお祭りに参加してから、観音様にハマりました。高月町といえば、渡月寺観音堂に国宝の十一面観音様がおられます。数年前、東京国立博物館にて公開されてからファンを増やしたこちらの観音様、井上靖白洲正子も愛した「官能的」な観音様はいつでも見ることが出来るのですが、その他、この日しか見ることの出来ない観音様もたくさんいらっしゃいます。市内循環バスなどを利用して、権威の為に作られたのではない、権力者達のために作られたのではない、村の人を守り、村の人達の「信仰」によってそこに居続ける本物の「仏」を見ることが出来ます。

 渡月寺観音堂の観音様は、織田信長浅井長政朝倉義景連合軍が戦った姉川の戦いの際に、戦火を逃れる為に村人達の手により土中に埋められておりました。
 そして、井上靖が「星と祭」の中で、「人々の苦しみを引き受けられたあのような痛々しい姿になった」と描いております赤後寺の観音様は、羽柴秀吉柴田勝家が争った賤ヶ岳の争いの際に村人達により水底に沈められ、手を失ったのです。

 そのように、こちらの湖北と呼ばれる地方は、様々な戦の舞台となった場所でした。高月町からは、小谷山が見えます。浅井長政と信長の妹「お市」が暮らしていた小谷城がかつてあった場所、そこで後の淀君と呼ばれ秀吉に寵愛されたお茶々、京極高次の妻・お初、二代将軍徳川秀忠の妻となり、三代将軍家光、千姫を産んだお江の方が生まれています。お江の方、またはお江与とか言いますが、再来年のNHK大河ドラマの主人公です。


 私が、とても、とても好きな場所です。
 この「湖北」と呼ばれる地域は。
 歴史があり、物語があり、そして信仰が存在する、心のまほろばです。

 去年、こちらの「観音まつり」に参加してから、時間が許す限り観音様を巡っています。出来るならば、全国の観音様にお会いしたいです。


 さて、こちらはもう何年も前から訪れております、8月7日〜10日に京都五条坂で開催されます陶器市。全国からたくさんの業者さんが訪れておりますが、とにかく安い! そして作家さんが作られた一点ものなども入手できます。この陶器市のせいで、私は一人暮らしの癖に食器棚が飽和状態です。ハマる人も多い、この陶器市、相当楽しいので、是非お越し下さい。

 そしてこの期間中に、こちらの五条坂の徒歩圏内では、このような行事も行われております。


 六波羅密寺の萬燈会こちらのお寺では空也像と、平清盛像が素晴らしい。西国三十三ヶ所観音霊場の札所でもあります。

 六道珍皇寺の六道参りもあります。小野篁がここから地獄に行き、閻魔大王に仕えていたのだと言われております。冥土に響くといわれる鐘があります。重く響く音です、心に深く沈むように。

 この付近は、昔「鳥辺野」と呼ばれていて、風葬の地でもあり、「六道の辻」というこの世のあの世の境目があるんですね。「幽霊飴」も未だに売られていますし、秀吉の正室・寧々の眠る寺「高台寺」では8月から夜間拝観、そして鳥辺野に昔見られたという「百鬼夜行展」やっております。高台寺枯山水の庭に映し出されるどこかコミカルな妖怪達を見ることが出来ます。

 京都には三無常の地というのがあるんですが、その一つである鳥辺野は、特に「死」のイメージが強い場所です。


 そんな感じで、夏の京都東山は「地獄」「死者の国」のテーマパークだと言っても過言ではないので、皆様、是非是非お越し下さい。

 私は大学が東山にあるので(中退だけど。東山とか言うたらだいたい京都の人ならどこの大学だかわかっちゃうな)18歳から、田舎に強制送還されるまで10年以上、この界隈に生息しておりました。
 もしかしたら、だから、憑かれたのかも。
 あやしのものに。
 わたしはこの場所が好きだけど、この場所に住んでいた頃は、地獄だった。色欲故に墜ちた、地獄。今でもねっとりと肌に染みる、地獄の匂いが。だけどわたしは地獄の匂いを纏うわたしが、嫌いじゃない。今は地獄には居ないけれど、地獄が好きなのだろう、だから、この場所に、未だに惹かれて来てしまう。
 


 京都の夏は、魔が巣食う。

 烏が屍をついばむこの場所に、おいで。
 地獄の匂いが漂うこの場所に。


 私は色懺悔をするために観音様に逢いに行き、手を合わす。
 色欲地獄に堕ちて縋った蜘蛛の糸を辿ると、そこに、あなたがいた。そして五色の糸で私を導く、あなたが、浄土へ。


 そんなとびきり自由な、恋をしていない夏。


 But Darlin, I Love You.

 あなたに、ここに、いて欲しい。