ムラノムスメ その1

 山深い、80戸ほどの小さな集落。JRの駅からは10キロほど距離がある、田んぼと畑だらけの村。ただ、小さな温泉があり、ごくたまにそこに観光客が訪れることもあった。

 「私」が知る範囲で、この村には4人の自殺者が出た。その数が多いのか、少ないのか、わからない。ただ、村人全てが知り合い同士という密接な人間関係の村においては、その数は多いようにも思えた。

 この村に生まれた、現在30代のA子、B子、C子の話をしよう。
 3人は同級生で、子供の頃は毎日それぞれの家を行き来して遊んでいた。村から3キロ離れた小学校は一学年が20人にも満たない。ずっと同じクラスで一緒に登校していた。

 A子は、子供の頃から整った顔立ちの際立って美しい娘だった。誰もが彼女は母親にそっくりだと言っていた。彼女の家は小さな温泉旅館を経営して、彼女の母はそこの女将だった。看板の美人女将は和服の似合う美しい人だった。
 旅館の裏手に小さな一軒家があり、そこで1人っ子のA子と、A子の父と祖母が暮らしており、母は旅館に泊まりこんでいた。

 A子の父は、旅館の下働きをしていた。無口どころか、その声をB子もC子も聞いたことがなかった。大人達の話によると、ある時A子の父は事故に遭い、頭を強打し、「おかしく」なってしまったのだという。
 華やかで艶やかな旅館の女将と、その喋らない男が夫婦だということが子供心に不自然に思えた。

 C子は、昔からA子の家が羨ましかった。大きな家(旅館だから)美しく華やかな母親、たくさん人が出入りしている賑やかな家。そしてA子は昔からいろんな玩具を買ってもらっていた。その頃はやりだしたゲーム機も、一番に買って貰ったのはA子だった。A子ちゃんは一人っ子だから、なんでも買って貰えるのだと、羨ましく思った。母親参観日などでもA子の母親は際立って若くて美しい。彼女が自分の母親よりもずっと年上だとC子が知ったのは、ずっと後になってからだ。

 A子は美人だったが、不思議に異性に人気がある対象ではなかった。明るくてユーモアがあり、人を笑わせることが好きなA子は「将来吉本入ろうかなぁ」と言っていた。

 A子は、高校を卒業すると、すぐに中学校の同級生だったDという男と結婚した。A子の方は中学時代からずっとDのことを好きだったのだが、当時Dは別の女と交際しておりA子のことを相手にしていなかった。その後、どういういきさつがあったのか知らないけれど、A子の想いが通じ、二人は交際し、結婚した。

 A子とB子とC子は、中学を卒業すると別々の高校に進んたので、音信不通になっていたが、狭い村なので実家に戻るとそれぞれの親から幼馴染達の現状を耳にしていた。

 A子が結婚して家を出た数年後、A子の祖母が自宅で首を吊って亡くなった。
 C子はその頃、大学に進学して家を出ていたので詳しくは知らないけれど、祖母は息子、つまりはA子の父親の介護に疲れてノイローゼになっていたということだった。A子の祖母と仲が良かったC子の祖母は号泣していたという。

 ある時から、A子の父親は寝たきりの状態になっていたらしい。A子が結婚して家を出て、世話を一人でしていた祖母の負担は大変なものだったという。

 そのまた数年後、C子の祖父が癌で亡くなった。田舎の葬式は村の隣保総出で行われる。祖父の葬儀で、C子は久しぶりに、A子の母親に会った。

 A子の母は、C子の姿を見ると駆け寄って、「いいお祖父ちゃんだったのにね・・・」と、泪をポロポロ流した。
 黒いスリットの入ったスカートを彼女は履いていた。C子は、祖父の死の悲しみにくれている筈の席で、A子の母の変わらぬ若さと美しさに驚愕した。
 子供の頃には気づかなかったことが、20歳を幾つか超えたその時にはわかった。匂いたつような、色気。しかしそれは毒を含んだ色気だった。還暦をとっくに過ぎた筈のA子の母親は、どう見ても40代にしか見えなかった。しばしC子は、祖父の葬儀の席で、その毒気のある色気に見惚れてしまった。「妖婦」というのは、こういう人のことを言うのだろうかと、後に思った。

 葬儀の後、両親の話から、C子は初めて知った。
 A子の母は、もう永い間、旅館の板前と夫婦同然の仲であること。つまりは旅館でその2人が暮らし、裏手にある一軒家で夫と祖母が暮らしていたのだということを。
 妻が、夫と夫の母、そしてかつては娘も暮らしていた同じ敷地内で愛人と同居していたことは、村の大人達は皆知っていた。妻はもう病気の夫には見向きもせず、だから夫の母と娘だけが介護をしていたのだということも。

 祖母が亡くなり、A子はしばらく婚家から通って父親の介護をしていたのだが、そのうち父親もひっそり亡くなった。A子の祖母は、息子を放置し、若い愛人と暮らす嫁のことを、どう思っていたのだろう。そしてA子も、自分の母親のことをどう思っていたのだろう。


 子供の頃は、何も知らなかった。A子は恵まれたお嬢さんだと思っていた。まさか背景にそんな事情があるなんて思いもよらなかった。

 だけどC子は、祖父の葬儀の場で見たあのA子の母のことを、どうしても悪く思うことが出来なかった。様々な業を背負った美しく妖艶で異常に若いあの人の魔性に呑み込まれていたのかもしれない。「女」の塊のような人だった。ああいう女性は、普通の家族など持てないのかもしれないとも思った。


 A子は、若くで結婚したが、子供が出来なかった。
 ところが、結婚して15年以上経ち、妊娠した。切望した初めての子供が生まれた。
 しかし、その子供は、「成長しない」子供だった。詳しいことはわからない。
 ただ、A子の姿も生まれた筈の子供の姿も、最近は近所の人は誰も見かけたことがないという。