昔の男
昔、ちょっと好きだった人と会った。
実家に強制送還される前の仕事関係者。だから、もう7年とか8年前の話。
好きとか言っても、私にはその頃出来立ての彼氏がいたし、本気でどうのこうのというのは無かったと、思う。
と、いうか、私より十歳以上歳上のその人は、とてもモテる人で、「大人」で、みんながきゃあきゃあ面白がって騒いでていたのだ。スマートで渋くてカッコいいと、勝手に偶像化して遊んでいた。
そうして私はサラ金が親にバレて仕事を辞めて実家に戻った。田舎では車が無いから働けないので、合宿免許をとりにある海辺の街にしばらく居ることとなった。
合宿所である旅館は、最悪だった。ヤンキーばっかで、騒いでめちゃくちゃだった。しかし彼らは、やたらと運転が上手く軽く実技をクリアしていく。何故なら、「だって昔から無免許で運転してるから慣れてる」って。
うんざりしようが、逃げ場が無い。サラ金で親に迷惑をかけ仕事も住むところも失った三十女の私は、ヤンキーよりよっぽどタチが悪い。
その日は、早めに旅館を出て、ふと目の前の駐車場を見たら、「彼」の車があり、驚いた。
向こうも驚いて、「こんなところで何しとんの」と言って、「仕事辞めたんやって、急にやなぁ」などと、話をした。
私は仕事を辞めた理由を、話した。彼はそれを黙って聞いていた。
別れ際に、手を合わせて、「頑張れよ」と、言われた。
それから、私は免許をとって職安通いをしたが職は無く、鬱々とした毎日を過ごしていた。
以前の同僚だったある女が、私を励ますフリをして、なんだか嫌なメールや電話をよこすようになった。
最初は本当に親切だと思っていて、彼女に愚痴っていた。仕事やりたいのに出来なくて、前の仕事を不本意に辞めざるを得なくて辛いと。
だけどそんな落ち込みメールを送った直後に、彼女から、「○○さんと偶然会いました!」と、「彼」とのツーショット写メが送られてきた。
なんじゃこいつ。
返事は返さなかった。
私が「彼」のことをちょっと好きだったのを知ってて、わざとこういうことしてんのだということに気付いた。
それからも似たようなメールは来たが、無視した。
彼女とはそれ以降もいろいろあった。ここでは省くが、彼女は、他の同僚達にも同じような、いや、もっとえげつないことをやっていた。
彼女は、業界の男と寝まくっていた。それだけじゃ飽き足らず、同僚達が好意を持つ男性、同僚の彼氏などに接近もしていた。
要するに、男と寝ることにより狭い世界の同性達に対して「優越感を得る」ことに何よりもエネルギーを注ぐタイプだった。
そういうのもうんざりし、私は「彼」とはそれ以来連絡はとらなかった。
ところが最近、再会した。
あれから年月も経ち、お互い歳もとり、立場も変わった。
2人になって、夜の大阪を歩いて、昔ああだった、こうだったという話をした。
彼の昔の不倫相手の話。
私がそのことを知ってたというと、彼は驚いた。
「・・・・知ってたの?」
「みんな知ってましたよ。嬉しくて自慢げに女の方がそういうの喋っちゃうしね」
「知らぬは本人だけ、か・・・」
上記の業界やりまん女の話もした。
「あの娘は、俺のことを好きだったと思う」
「それも知ってる」
「でも俺はあの娘とは、やってない」
と、言われた。
実は当時、疑ってた。
「私が田舎に帰って、めっちゃ落ち込んでる時に、あの女、あなたとのツーショットをわざと送ってきやがった。ムカついた」
と、言うと、何故か、
「ごめん」
と、謝られた。
昔は喋る度にドキドキしていたし、随分と彼は「大人」だと思っていたのに、今は随分と対等に気さくに喋られる。
それは私が大人になって追いついたのか、いや、そうではなく、もともと私達小娘が彼を勝手に「大人の男」として祭り上げていたのだ。
私も今はもうドキドキもしないし、(昔は心臓がバクバクしながら喋ってた)あけすけな話も出来る。
そうして、彼は「ありがとう」と手を振って、奥さんと娘のいるマイホームに帰っていった。
時間の流れって不思議だ。
彼と知り合った頃に付き合い始めたばっかりだった恋人は、別れる際に、「他の男を好きなあなたとは二度と会いたくない」と私に告げた。だからあれから一切会ってはいない。
その言葉のきっかけとなった男のことを、私はすごく愛していた。命がけだった。だけどその人との未来など考えてはいけなかったので、離れた。けれど、今でも大事な人だ。
残酷に「切られた」男もいる。「誰よりも僕が君のことをわかっている」と言った男は、自分の身を守るために私の存在を消そうとした。
昔好きだった男、愛した男、愛し合った男、憎んだ男。
今も時折、胸を掻き乱す、「昔の男」達への愛憎や距離も、こうして形を変えてどこかへ流れていくのだろうか。
歳をとればとるほど、「昔の男」が増えていく。
私は恋愛感情を抱いた男は「友達」というカテゴリーには入れられない。あくまで、「昔の男」。
憎んでも愛しても「昔の男」。
そして、「昔の男」は、たいていが、昔より今の方が優しかったりする。無責任でいられるからだろうけれど。
優しくされると、なんだか口惜しいのです。
昔の男は、昔の男でしかないから。
だけど昔の男が優しいと、私の恋は間違っていなかったと、嬉しい。
優しくしてください。
昔好きだった人のことを、憎むのは辛いことだから。
たくさん憎んできたけれど。
だから優しくしてください。
無責任で、いいから。
口惜しいけど、嬉しいから。