卒業 ― 9月の黒い花嫁 ―

 あなたは、もうお嫁に行ったのでしょうか。あなたが結婚式を挙げる日時も場所も私は知りません。共通の知人に聞けば教えてくれるでしょうが、「何故本人から直接聞かないの?」と不審がられるだろうから、聞いていません。
 私が地方へ仕事で行くと、お土産に買っていた幾つかのストラップを、あなたはまだ携帯電話につけていてくれるのでしょうか。あなたの中で、私は今どんな存在でしょうか。
 「忘れたい忌々しい人」なのかもしれませんね。

 私があなたに「男に依存して貢いだ恥ずかしく愚かな過去」と「そのツケを払う為に、どんな生き方をしてきたか」ということを話した時に、「よく、生きてたね」と言ってくれましたね。そして、あなたは自分の話もしてくれました。あなたの「今」の話を聞いた時、私は衝撃で目眩を覚えました。

 あなたの「今」が、あまりにも私の「過去」と酷似していたからです。ただ、違うのは、あなたは私のように消費者金融からお金を借りずに、自分の貯金を切り崩していたことぐらいでしょうか。
 花のような、皆に愛されるあなたが、どうしてそんな目に合って苦しんでいるのか。私は怒りに打ち震えました。

 私は、あなたの「彼」を知っています。とても、いい人、ですね。周りからの信頼も厚い。あなたの幼馴染のある女の子は、そんないい彼氏に愛されているあなたのことが羨ましいと言っていました。きっと、「いい人」な彼との結婚を、皆も祝福していることでしょう。皆に愛されるあなたと、「いい人」の彼との結婚を。
 何も知らない、人達は。

 女の貯金を切り崩して、高価なブランドの服を好み、高価な食事を好み、車とバイクを所有し、長距離ドライブの際はガソリン代が高いからとあなたの車を借り、あなたが自分の好きな歌手のCDを買うと「結婚したらそんな贅沢はさせない」と怒り、あなたがお金のために働き過ぎて体調を崩した際には「体が弱い」という言葉を吐き、自分の病気の手術費用もあなたに出させる男と結婚するのはどんな気分ですか?

 家賃の要らない自宅住まいで毎月30万前後の収入があるのに借金が減らないのは何故ですか? 「親にバレたら俺は死ぬから」と、あなたにお金を貢がせて、そのくせあなたがお金を返してというと、「誰のために俺は頑張ってると思ってるんだ」と逆ギレするのは何故ですか? 

 私は、あなたが肉体的、精神的に疲弊し、危ない状態に陥るのをずっと心配していました。「彼を死なせたくないため」に頑張るあなたに、彼が「どうしてそんな体が弱いんだよ」と心無い言葉をかけたということを聞いて、絶望的な気分に陥りました。
 私にも、身に覚えがあることだったからです。
 その痛みがわかるから、あなたも私に話をしてくれてたんだと思います。

 私が20代の時にずっと一緒に居た男は、「全てお前が悪いんだ」と私を責め続けました。「誰のせいで、こんな目にあったのだ」と。そしてお金をせがみ続け、あげくの果てには「身体を売れ」と言いました。「お前は、男のアレが好きだから、いいだろう」と。
 殺してやろうと思いました。呪い殺してやろう、と。だって、その時、私は彼しか男を知らなかったのですよ。
 男を殺して自分も死ぬ妄想を抱き続けて生きていました。
 だけど彼は滑稽なほど愚かで、あれから何年も経つのに、未だに私に対して罪悪感など全く持っていないし、「俺の方が可哀相、お前のせいだ」と思い続けているし、笑えることに、私が自分の思い通りになると、自分が私にとって最高の、一番の男だと信じて疑わないらしいのですよ、今でも。

 彼とは会ってもいないし、普段連絡もとってはいないのですが、逆ギレすると、家に来たり(今の私の住所は知らないはずですが)、実家に電話をして親に私のことを罵倒したりということをする、「キ○ガイ」で、今も働いてはいないので、もう金を返せだのと攻めることも出来ないのですが、(弁護士さんに相談して裁判も断念しました。返ってくる見込みは薄いということなので)何より、私自身が「殺したいほど人を憎み呪う」ことに疲弊しているので、普段思い出すことは、ほとんど無いです。
 彼はいろんな人に見放され呆れられ、他者の居ない世界でふんぞり返って生きています。プライドだけが高くて理屈だけが達者で働こうとも思わないそうです(どうやって生活しているか謎です)
 愚かで不幸で孤独な男だと思います。愛情や憐憫の情など全く無いけれど、私は遠くから、物書きの好奇心で彼が堕ちていく様を眺めています。そんな自分を残酷だと思います。もしかしたら、それは復讐なのかもしれません。


 あなたが、もしもあなたの彼を愛していて結婚をするなら、たとえ借金があっても私は黙っていたかもしれない。けれど、あなたは「愛情じゃなくて同情。私が見捨てたら死んじゃう」「こんな私のことを好きになってくれる人なんて、これから先現れないから」「今まで私の方から好きになった人は、私のことを好きになってくれなかった。彼は私のことを好きになってくれたから」「もし私がお金を出さなかったら、彼は私なんて好きになってくれなかったと思う」なんて、卑屈な言葉しかその口から出てこなかった。

 「彼が好き」とは1度も言わなかったね。「こんな私のことを好きになってくれる人はこれから先現れないから」としか。
 そしてあなたは、「私と結婚したいと言ってくれる人なんて、この人以外にいないだろうから」、彼の求婚を受け入れた。そして彼の親が、結婚費用ン百万を出してくれるから、結婚式もキチンとあげるんだよね。
 親に何もかも話して、そのン百万を、借金の返済に当てたら? と、思った。あなたもその通りだと言ってたよね。高い金出して結婚式を挙げて新婚旅行に行くんだね、「男の見栄」「体裁」の為に。彼の「いい人」な「顔」のために。

 あなたが家族や周りの人達に結婚の話をすると、皆「おめでとう」と言ってくれたけど、全然嬉しくないと言ってたね。金にだらしのないヒモと結ばれ、「多重債務者」の家族となることが、重い、と。私が、「あなたは自分さえガマンすればいいと思っているけど、何も知らないあなたの両親にも迷惑かかるかもしれないんだよ」と言うと、私の言うとおりだと同意してくれたね。
 だけど、あなたは「彼は、頑張ってる。弁護士に相談して借金を減らそうとしてる」と庇うから、私は「債務整理するにしても自己破産するにしても、それを終わらせて解決してから結婚すればいいんじゃないの? 数ヶ月結婚を先延ばしにして、その間に処理すればいいでしょ?」と言いました。あなたは、「その通りだと思う。彼に話をしてみる」と言いました。


 それきり、あなたからの連絡は途絶えました。


 あなたは、私の言うことを「正しいと思う。正しいと思うから、苦しくなる」と言ってました。
 あなたが、私から逃げるのは予想がついてました。彼と結婚するために耳を塞ぐだろうということが。「正しいこと」よりも、「こんな私を必要としてくれる彼」を選ぶということが。
 私があなたの立場でもそうしたでしょうし、実際に、昔、そうしていろんな人に嘘をつき、酷いことをしてきたからです。クズ男のために。


 あなたは去って行ったけれども、私は後悔していません。そして、あなたのことを「駄目男につけ込まれている可哀相な被害者」とも思ってはいません。あなたにも言いましたけど、彼をそこまで付け上がらせたのは、あなただからです。彼をそんなふうなどうしようもないクソ男に仕立て上げたのは、あなただからです。だから、あなたがその金にだらしない、本気で借金を返そうともしない多重債務者男と夫婦になり、あなたや、あなたの家族や、これからもしかしたら生まれてくるかもしれない子供に類が及んでも、自業自得だと思います。

 劣等感に甘んじて卑屈な恋愛(そんなん恋愛じゃないけど)しか出来ずに、男も自分も駄目にして、自分の意思を持たずに、「これから先、恋愛なんて私は出来ない、誰からも好きになってもらえない」と、流されて生きることしか出来ないあなたが選んだ道だから。

 だから、私も、あなたのことを「心配」するのは、もう、やめたい。苦しいから、やめたい。
 でも私のこの「心配」や「苦しさ」は、「あなたのためを思って」ではなく、私と余りにも似ている「分身」の愚かさと哀しさに直面している苦しさなのです。


 私もあなたも、「駄目な男好き」なんじゃなくて、「男に駄目」なんだね。


 巧みに「いい人」で居て、周りへの見栄と体裁のためにあなた一人を痛めつけ続け、あなたの弱味につけこんでいるあなたの「彼」を私は憎みます。
 私は、「いい人」を巧みにこなすあまり、嘘を吐くことが当たり前になったり、偽善者であることに恥ずかしさを感じない人種を見ると、喉奥から醜く腐った異臭のするそいつらの臓器を抉り、ぶちまげて曝け出したくなります。そいつらの醜さを、人々に見せ付けてやりたくなります。目を背かれても、その目を力づくで見開かせて、見せ付けてやりたくなります。

 あなたの「彼」に、「女のヒモ、クズ」と言ってやりたい。でも、そうすると彼は逆ギレするでしょうね。そこで「ヒモです、クズです」と開き直れるようならまだいいけれど、彼は自分を取り繕うことだけで生きている人だから、必死で理屈をこねて自分を正当化するでしょうね。

 そういう男を、ホンモノの人間のクズって言うんだよ。クソだよ、クソ。


 私の手を振りほどいたあなたは、もうお嫁に行ったのでしょうか。家族や友人達に「おめでとう」と祝福され、ウェディングドレスを着て、彼に手をとられてバージンロードを歩いたのでしょうか。「死が2人を分かつまで」と誓いのキスをしたのでしょうか。多重債務者のクセに豪華な披露宴を挙げてもらい、「本当は全然嬉しくないんだよ」と思いながら、あなたは作り笑いをしているのでしょうか。

 彼が、あなたが自分の好きな歌手のCDを買った時に「結婚したらそんな贅沢はさせないぞ」と言われ、その時に「私は今まで自分が働いたお金できちんとやってきた。なんで人のお金を食いつぶすあんたにそんなこと言われないといけないんだ」と泣いていましたね。彼に貢いだお金で貯金が無くなり、家族にプレゼントをすることも出来ないと泣いていましたね、あなたが買いたいものをガマンしているのに、彼はブランド服を買うことと、高価な食事を(自分が食べたいから)は止めなかった、あなたのお金で。彼が遠くにスポーツの試合を見にいく時も、幾らかお金を出していましたね。家賃のいらない自宅住まいで月30万前後の給料を貰っているのに、いつまでたっても借金は減らず、あなたが学校を出て社会人になってからずっと貯金していたお金をほとんど食いつぶした男と、バージンロードを歩く気分は、どんなですか?

 「私みたいなのを、好きになってくれて、結婚したいなんて言ってくれる人は、これから先現れないから」「私はお金には縁の無い人生だと、諦める」「これから先、恋をするとか、そういうことも諦める」「私の人生って、こんなもんだと、諦める」「クリスマスとか、誕生日とにプレゼントとか、そんなことは自分には縁の無いことだ」「彼は、私がお金を出さないと、死んじゃうから。愛情より同情」で、結婚する気持ちはどんなですか?

 あなたの卑怯な劣等感も卑屈さも、私には思いっきり身に覚えがあることで痛い。私も未だに思います。「私みたいなのはロクな男に好かれないから一生独りでいないといけない」「自分は恋愛も結婚もする資格が無い。してはいけないクズだ」「私みたいな人間のクズに好かれた男の人が可哀相、不幸、迷惑をかける」とか。早くそこから逃れたいのに、未だにもがいて深く暗い水の底にいる気分に陥ります。この自虐の輪廻から逃れないといけないのに。


 特に、9月に入ってから、私はずっと気分が重いです。そのことで、人に迷惑をかけたりもして、自己嫌悪で更に気分が重くなっています。多分、あなたのことも関係しています。あなたが、作り笑いをして、バージンロードを、もう歩いたのだろうかと、このところ毎日考えています。

 あなたは、「私はどうしてこんなに駄目なんだろう」と言うけれど、そんなこと思っているのはあなただけで、周りの誰もがあなたを「可愛い」「真面目」「本当に純真で素直でいい娘」と言っていたし、きっと、あなたの花嫁姿は、さぞかし綺麗でしょう。あなたのことだから、可憐な花をブーケに選んだことでしょう。想像がつきます、あなたの好きな花も好きな音楽も好きな色も知っているから。
 あなたの夫になる男より、私の方が、あなたのことをずっと知っているから。あなたの痛みも、弱味も。だから、あなたが彼と結婚するために、私を切ったこともわかるのです。


 映画「卒業」のダスティ・ホフマンのように、サイモン&ガーファンクルの音楽に乗って、あなたを浚いに行けばよかったのでしょうか。でも、それでも、あなたは私の手を振り払い、彼を選ぶでしょう。自分の劣等感という欠如を埋め、金を乞うることであなたを必要としてくれる「彼」が、卑屈で卑怯なあなたには、「正しいことを言う」私より、必要な人なのだから。

 
 あなたがこれからどんな目に遭っても、私は同情も心配もしません。あなたのせいだから、あなたが招いたことだから。あなたに同情はしないけど、あなたに嘘を吐かれている何も知らないご両親には同情します。私の両親のように、可哀相だから。育てた娘を、クズみたいな男のためにボロボロにされた可哀相な、ご両親のことを。だから私は子供をどうしても作る気になれません。怖いのです、子供を作り自分の血を残すことが。

 だけど、何かあったら、いつか私が突きつけた言葉を思い出すことがあれば、以前のように、私の存在を必要としてくれることがあれば、連絡下さい。待っています。


 あなたは、もうバージンロードを歩いたのでしょうか。
 今年の9月は、嫌な月になりました。哀しい気分の月で、ちょっとしたことですぐ泣いてしまいます。

 暗くて重い気分から抜け出せません。