私は、あなたを、ころしたい

 あなたにとってはほんの些細なひとことでも、私はその言葉をあなたの口から聞くとパニック状態に陥って自分を抑えられなくなることがある。

 とんでもなく無神経で無知なくせに自分が世界一正しくて自分以外の価値観は認めないあなた。

 私の上司はものすごく優秀でデキる経営者だと言っても、「でも、結婚してないんでしょ」と、軽蔑の混じった表情をするあなた。結婚していない人は皆不幸で寂しいと言い切るあなた。

 田舎者で驚くほど世界が狭くてそこしか知らないくせに田舎は善で都会は悪だと信じて疑わないあなた。


 自分が今いる世界しか知らないクセにその世界こそが世の中で一番正しいと思っているあなた。

 本も読まない映画も見ない音楽も聴かない旅行も行かない外食もしないあなた。
 娯楽や文化は全て「無駄なもの」と言うあなた。


 私が小学生の時に、修学旅行のお土産にあなたにイヤリングを買ってきた。それを見たあなたは「また無駄遣いをして、、」と眉をひそめた。だから私は母の日もあなたの誕生日にも一切それから何かをしたことがない。


 妹が受験で一人暮らしする私の部屋にやってきた時に、せっかくだからと私は近所の中華料理屋に連れていった。それを妹から聞いたあなたは「外食なんて浪費だから止めなさい」と非難するように私に言った。


 あなたは私にこう言った。
「お前は、世の中の役に立たないことばかり得意だね」と。

 その通りだ。

 だけどその「世の中の役に立たないこと」が、切実に必要な人間がいることを、あなたは知らない。知ろうとも思わない。


 実家にいる時に、その当時私の唯一の支えだった人に逢いに行こうとすると、あなたは私を追求して責めた。私はいつも重い気分で恋人に逢いにいった。恋人に逢いに行くことが、悪いことであるかのような気がしていた。その恋人は別れた後で私にこう言った。「あの頃のあんたは、愚痴が多くて正直、俺もうんざりしてたところはあったよ」と。


 失恋をして自殺未遂をした親戚のことを、あなたは幼い頃から「お前はあの人に似ている。だらしないところが」と繰り返し言った。
 そしてその通りに、私は男にだらしない女になった。男にだらしない女というのは、不特定多数の男と寝る女のことではない。一人の男に溺れてボロボロになる女のことだ。


 あなたは羨ましいぐらい無神経で無知で井の中の蛙で、しかもそのことに全く気付いていない。いつもあなたは自分の正しさを振りかざす。あなたの夫やあなたの子供達が何か言っても、「でも、、心配だから、、」「だって、、、そういうもんだから」と言って、自分の非を認めようとはしない。
 
 だから私達は、心を閉ざす。
 あなた達は何も言ってくれないとあなたは言うけれども、そうやって自分の心を防御しないと無神経なあなたの言葉の刃に傷つけられてしまうからだ。


 傷つけられた子供は、どうするか。
 

 話しても通じない、わかろうとしない、わかりあえない人間と付き合う為には、心に壁を作るしかない。

 わかった気になるのは危険だ。
 血が繋がってるから、愛情があるから、自分が育てたから、私はあなたをわかってると思いこんだ人間は、対象を容易く支配できると思っている。


 親だから。
 愛情があるから。
 心配だから。
 

 だから踏み込むんべきでは無い領域にズケズケ入り込むことも躊躇しない。


 何度も話をした。
 罪悪感で死にたくなるから、責めるのをやめてくれ、と。
 
 責めてなどいない、ただ心配してるだけだ。

 お前は何をしでかすかわからないから、心配してるんだ。
 それなのにあんたは何で自分が被害者のような言い方をするんだ。
 
 心配しているだけだ。
 どこかでお金を借りていないのか。
 変な男にひっかかっていないのか。
 家賃は払っているのか。
 ちゃんと働いているのか。
 もう若くないんだから将来のことをちゃんと考えろ。
 お前は、何をしでかすか、わからないんだから。
 一人でいるのは不幸だ。


 
 私は、あなたを、ころしたい。

 くるしいから。

 罪悪感で、衝動的に自死したくなる苦しみから逃れたいから、あなたをころしたい。


 だから私は家を出なければいけなかった。
 あのままだと、あなたを殺すか自分が死ぬか、どちらかだと思ったから。


 無神経で無知なあなたの言葉は、私のトラウマを見事に引っ張り出し傷口に塩を塗りこんでいく。

 「傷」の無い善良で健全なあなたには、一生どうしてこんなに私がパニックになるのかわからないだろう。何故心配している自分が責められなければいけないのだと思い続けるだろう。


 いっそ、本当に暴力を振るわれる方がわかりやすくて良かったのかも知れないと思うこともある。愛情という名の支配を理由にした精神的な虐待をされるよりは。


 私はあなたのようになりたくないと思ったから、高校を卒業して家を出た。早く結婚して子供を生んで愚痴を言うあなたのようになりたくないから結婚したいとも思わなかった。


 「悪気が無い」ということが、どれほど残酷なことなのか、あなたは考えたこともないだろう。


 私だけじゃない。親に言葉で傷つけられて、歪んだ子供はたくさんいる。親を殺したい子供はたくさんいる。殺さないためには、家を出て離れるしかない。


 親に言葉で傷つけられた子供は、たくさんいる。

 けれども、子供を傷つけた自覚を持つ親に出会ったことはない。

 自分を生んだ親に傷つけられて「私は生まれてくるべきじゃなかった」と思いながら生きている子供は、たくさんいる。


 私は私の様々な傷を、文章を書くことによって治癒してきたつもりで、随分楽になって自分を許せるようになったと思っているけれども、変わらない正しさを振りかざすあなたの言葉で、一気に地獄に引きずり落とされる。

 私の「地獄」
 「生まれてくるべきじゃなかった私」「早く死んだ方がいい私」「人間の不良品の私」

 私はそこから逃れようとして、生きようと必死にもがいているのに、お前は何も変わらないんだよと私の襟首を掴んで引きずり落とそうとする者がいる。


 たすけてください。


 自分を追い詰めて呪っているのは他でもない自分自身だということは知っているよ。
 けれどもこれから一生、私の未来を信じないあなたに「心配」され続けるのかと思うと気が重い。


 あなたのようになりたくないと思う。
 もしも私に子供がいたら、その子の未来を信じようと思う。世界中がその子を否定しても自分だけは味方でいようと思う。

 私は私の愛する人を信じたい。もしもその人が世界中に悪だと指をさされても私はその人を信じたい。
 私だけは、あなたの未来を信じていると言い続けたい。


 私の未来を信じない、あなたのようになりたくないから。


 
 話しても話してもわかろうとしないあなたに、私はついついこう言ってしまいそうになる。
「私のような人間の不良品があなたの子供で、ごめんなさい」と。


 

 私はあなたをころしたい。

 だって、私は今死にたくないもの。

 私は、私を傷つける全てのものを、ころしたい。