朱の迷路

 ゲイの友人T君が、一時期実家に帰っていた時に、「実家はどうですかー?」とメールで聞いたことがあります。
 その時の返事が、


「げてものですっ!!」

 って。

 すてき


 実家はげてものだそうです。今週末マイげてものにちょっくら帰ってこようと思うお姉さんです。帰っても寝てるだけなんやけど、うちのげてものは農家(兼業やけど)なもんで、今頃畑には胡瓜や茄子やトマトやピーマンが成ってるやろうから、ちょっくら久々畑にでも行こうかしら。
 あ! 勿論茄子や胡瓜は変なことには使用しないわよっ! 道具系嫌いやからっ! 野菜は道具やないけど!


 げてものでは、激しく懐かない甥や姪達と戯れてこようかしら。ホンマに動物と子供に異常なぐらい懐かれない私。一応、買収しようと思って今日阪神百貨店のタイガースショップで、甥と姪の土産買うてきましたの。なんでタイガースショップかっちゅうと、単純に妹夫婦がトラキチだからなんやけどね。妹は、元々巨人ファンやったのに嫁に行って鞍替えしやがりました、、、、
 いるよねー、男によって、コロコロ変わる女って! ホントのお前はどこにいるのさっ! アンタの部屋にあったジャビット君(巨人のマスコット)グッズはどこにやったのさっ!


 そんな甥や姪に悲しいぐらい懐かれないお姉さんですが(本当に懐かれないんです。友達の子供とかにも)先週末は京都の伏見稲荷大社http://www.inari.jp/index.htmlの本宮祭の宵宮に行ってまいりました。


 夕方18時から灯籠に火が燈されるということで、18時きっかりに行ったんですが、まだまだ陽が落ちておらず明るいままなので、暗くなるまで時間を潰そうと思い千本鳥居と呼ばれる稲荷山を取り巻くように無限に続く朱の回廊を潜り山へ登ったのです。


 稲荷山の山頂まで登ったら結構大変で時間もかかるだろうから、途中で引き返そうと初めは思っていたのですが、何だか鳥居の中を歩いて進むうちに意地になってきて、先の見えない旅だけど、こうなったら意地でも果てを目指そうかと途中何度も息切れして休憩しながらひたすら山道を歩いてしまいました。


 稲荷山の山頂へと続く参道は、ほとんど途切れることなく鳥居に囲まれています。http://homepage2.nifty.com/cub/black_l13.htmこの右下の動画ね。エンドレス鳥居。どこまでも鳥居。果てしなく鳥居。そしてお稲荷さんなので、ところどころに稲荷大明神の眷属である白狐がいます。


 狐と言えば、お姉さんのげてものにも狐に化かされた話が昭和の頃まで残っておりまして、うちの祖母ちゃんとかは、当たり前のように村の人が狐に化かされた話をします。

 人を化かす狐がいるのは、当たり前。
 人は狐に化かされるもの。


 伏見稲荷の狐はそういう狐ではないんですけどね。稲荷大明神の眷属やから。

 伏見稲荷は全国の稲荷神の総社にあたります。稲荷とは、「稲がなる」がなまったものだとか様々な説があります。商売繁盛、またその「稲が成る」の意から農耕の神としても知られております。

 伏見稲荷の門前では、すずめやうずらの丸焼きなどが売ってるんですね。もうそのまんまの姿なんで、ちょっと食べるのに勇気がいります。何故すずめやうずらなのかと言うと、稲を食べる鳥だからです。稲を食べてしまい米を採ることの邪魔になる鳥だから。


 あと、狐の面のせんべいなども売っております。


 お姉さんは、(意地になって)汗だくになりながら朱の鳥居の中を潜って前へ進んで行きました。ひたすら鳥居、どこまでも鳥居、エンドレス鳥居。

 実は伏見稲荷に来たことは何度かあるのですが、稲荷山を登るのは初めてなので、山頂の一の峯までどれぐらいの距離があるのかわからなかったのです。途中でマジ疲れてきたのですが、もしかしたら山頂が近いかも知れない、近かったらここで引き返すと損やーと思い、そのままどんどん進んで行ったのです。


 上へ登れば登るほど人気も少なくなりました。ぼちぼち辺りも暗くなってきました。
 薄暗い山の中で鳥居の朱色が光を発しているかのように道を照らします。

 これも諸説あるのですが、朱と言う色は「魔」に対抗する色だとか。

 朱色でもう一つ連想するのは、遊女の赤襦袢です。
 薄暗い山の中で果てなく佇む無数の朱の鳥居が、両脇から酔客を招き誘う遊女のようでした。脂粉の甘い匂いが漂いどこか哀しみを孕む媚びた声が聞こえてくるかの如く、参道の両脇の朱色が手招きをするのです。


 朱の色というものは、淫靡だと思いました。


 私は修行僧のようにひたすら汗を流し息を切らし果ての見えぬ山道を歩いておりました。左右を見ても前を見ても後を振り返っても淫靡な色が続いており、それ以外には何も無いのです。

 途中に幾つかある宮にたどり着くと白狐が笑いながら佇んでいます。嘲笑しているわけでもなく、何かを見下しているわけでもなく、ただ笑っている。
 

 何がおかしいのですか。
 何か楽しいことでもあったのですか。
 何で笑っているのですか。

 
 おかしいことなど何もないよ。
 楽しいことがあったわけでもない。
 元々こういう生き物なのだよ。
 笑っている生き物なのだよ。


 そうですね。私も笑って生きていたい。笑っていると幸せです。笑われてもいい。笑わせたい。そして、私の好きな人達には笑っていて欲しい。
 笑っている方が幸せに決まっているから。
 笑って。


 朱の回廊は続く。途中、四叉路から京都の夜景が見えました。
 京都の夜景も、なかなかに綺麗ですよ。
 あなたに見せたい。



 山頂の一の峯にたどり着いた頃には付近は大分暗くなっていました。そこは山頂ではあるけれども、果てでは無いのです。その山頂から今来た道ではない道を下り今度は山を降ります。まだまだ果てしなく続く朱の回廊の道を下ります。


 途中、灯籠を手にした人達何人かとすれ違いました。「こんばんわ」と見知らぬ人に声をかけられ「こんばんわ」と返しました。


 前も左右も後も朱色。
 朱の迷路の中をぐるぐるまわっているかのような錯覚に襲わます。


 迷路。
 朱の迷路。


 すれ違った人達の中に例え幽鬼の者や稲荷の眷属が紛れ込んでいても何の不思議も無い淫靡な朱の迷路。
 暗い山の中の気が遠くなるような千本の鳥居。

 下界に戻ってくると、人が溢れかえって賑わっておりました。私はそのまま電車で家に帰りました。

 人間の匂いのする場所へ戻っては来たけれども、微かに朱の襦袢を羽織った遊女の脂粉が残っているような気がしました。

 
 甘い匂いが。
 女のセックスの匂いが。私が嫌いではない種類の匂いが。


 神や魔の居る場所は、淫靡な芳香を漂わせています。

 だから私は、京都という場所が好きなのです。