魔王の山


 昨夜急に思いついて、今日は京都市のかなり北にある鞍馬山へ。京阪電鉄出町柳駅から叡山電鉄で30分。路面電車に揺られながら景色を眺めて山奥へ。ところどころに見られるのは五月の藤の花。絡みつき枝垂れる紫が、なんだか寝乱れた女の髪の毛のようで艶かしい。今月は宇治平等院奈良春日大社あたりも藤が見事だろう。


 平等院春日大社藤原氏と縁がある。藤原氏の花である藤の花というのは、藤棚に絡みつき花を咲かせる。それは天皇家外戚となり権力を持ち続けた藤原氏の在り方そのものなのだという解釈もあるらしく、それを聞いた時に、なるほどなぁと思った。そういえば、京都国立博物館で、今、藤原道長展やってるみたい。

 道長の有名な歌、


「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」

 
 本当に、こんな歌を道長自身が作ったのだろうか。こんな露骨に傲慢で単純な歌を作るほど馬鹿だったのだろうか。欠けない月に我が世を例えた道長が、亡くなる前には悲愴感漂うほど阿弥陀浄土に焦がれて仏教に救いを求め、命の尽きるその時には我が指に五色の糸を結び、その糸の先を阿弥陀仏の手に結ばせた。我が世は終わることが無いと詠い栄華を極めた果てに彼が見たものは、なんだったのだろうか。


 叡山電鉄鞍馬駅を降りて、鞍馬寺へ。鞍馬駅には、日本画月岡芳年の描く義経伝説の絵が展示してある。さすが芳年の描く静や義経は、不気味にエロティックだ。仁王門から、本殿、魔王殿へ。この山全体が境内のようなもので、相当な山道の階段を登ったり降りたり。お寺参りというより、山登りの心づもりで来た方がいい。久々に、オナニー以外で汗かいた。奈良の寺は学問をする寺で、京都の寺は修行をする寺だと言われているけれども、本当にそうだ。お参りすること自体が修行みたいだ。



 鞍馬寺と言えば、勝負の神、毘沙門天を祀る。上杉謙信が自らを毘沙門天の生まれ変わりと称していたことは有名だ。霊山と呼ばれる古来からの信仰の山に、勝負の神が祀られていることは興味深い。
 

 そしてもう一つ、鞍馬寺と言えば、源九郎判官義経が幼少期に過ごしていたことで知られている。父の源義朝は、保元の乱により平清盛に滅ぼされる。そして義朝の愛妾・常盤御前は、清盛に三人の子供の命乞いをする。美貌の常盤が清盛の女になることを条件に、三人の子供は助けられ、一番幼い遮那王は、鞍馬寺に預けられる。鞍馬寺で年若い遮那王は、稚児として表向きは女犯を禁じられた僧達の慰み者となりながら成長する。そして鞍馬山と言えば、古来より天狗の住む山と知られ、その天狗達が少年となった遮那王牛若丸に武芸を教えていたと言われる。あるいは天狗に扮した源氏の残党か。父義朝の仇は平清盛であるぞと、打倒平家の為に訓練を受けた遮那王は、山を降り、五条大橋で後に生涯彼に忠誠を尽くすこととなる武蔵坊弁慶と出会う。武蔵坊弁慶は元は和歌山田辺の生まれだが、比叡山の山法師となり、その荒くれぶりに皆は手を焼いていたらしいが、その激しい過剰なエネルギーは、これより後、義経という天才軍師に仕えることに傾けられることとなる。
 義経は異母兄の頼朝、従兄弟の木曽義仲と手を組み、平家打倒に猛進する。
 楠正成と並び日本史上で天才的軍師と称される義経の手によって、平家一門は滅亡する。


 義経は、天才軍師だった。特にゲリラ戦に於いての活躍ぶりは歴史に名を残す。しかし、彼は天才軍師ではあるけれども、政治家ではなかった。時世を、人の心を読む力と政治的な戦略手腕に欠けた義経は、兄の頼朝に疎まれて命を落とすこととなる。そしてその悲劇性故に義経は伝説となった。



 鞍馬寺の霊宝館に、現在、源義経、愛妾・静御前、弁慶、源頼朝などについての研究文なども展示してあり、今まで知らなかったいろんなことを知ることにより、かなり考えさせられた。かなり、おもしろかった。
 頷かせられたのが、徳川家康の言葉。家康は、相当に源頼朝義経兄弟を研究していたらしい。鎌倉幕府及び源氏について主に残されている資料というのは、「吾妻鏡」という資料なのだが、それは徳川家康が保存していたものだそうだ。そして、家康が義経を評した言葉、


義経は、優れた武将だったが、一つだけ失敗を犯した。それは、勝ちすぎたことだ。平家を残しておくべきだった。」

 勝ち過ぎるという失敗を犯し、身を滅ぼした義経。しかし、その義経を屠った兄の頼朝が築いた政権も三代で悲劇的な結末を迎える。鎌倉将軍三代の悲劇的な末路は、かの太閤豊臣秀吉の築いた政権の脆弱さと、どこか重なるような気がする。そして、その豊臣政権を滅ぼし、300年の長きに渡る安定政権を築きあげたのが、徳川家康その人だ。



 勝負の神・毘沙門天を祀る鞍馬寺で、「英雄」達の様々なあり方を思い、いろいろ考えさせられた。
 義経は、その悲劇性だけではなく、天才軍師としても、人気のある「英雄」ではあるけれども、人は義経にはなりたくないのではないだろうか。織田信長も然り。その人生は見事に劇的であるけれども、滅んでしまえば、本人は何も手にすることが出来ないのだ。ただ、残るのは後世での「名」のみ。「判官贔屓」というのは、要するに「同情」である。同情されても、本人は全くもって嬉しくないだろう。悪者になり、人に嫌われても生き残る方がいいだろう。

 

 鞍馬寺に縁の深い歌人に、与謝野鉄幹・晶子夫妻がいる。鞍馬寺鞍馬弘教に立教開宗されて、初代館長になった信楽香雲が晶子の弟子だったそうだ。その縁で、与謝野夫妻は何度も鞍馬の地を訪れ、歌を残している。

 しかし、与謝野晶子って、すごい人だとつくづく思う。子供11人生んで育てて第一線で歌を作り続けたエネルギー。元々鉄幹には妻が居たし、もう一人、鉄幹を想う女弟子の山川登美子という女性もいて、3人の女の間を鉄幹はふらふらしていたようだけれども、そりゃあ、晶子のエネルギーには他の女は適わないだろう。
 鉄幹を知った時から、結婚して、鉄幹の才能が寂れても、ずっと晶子は鉄幹に激しい恋をし続けていて、彼を想う恋の歌を謡い続けるのだから。正直、鉄幹の歌と、晶子の歌が並べてあると、晶子に才が有り過ぎて、鉄幹の歌がどうしても霞んでしまう。完全に収入的にも、歌人としての地位も、そして何よりも「才能」が、逆転してしまい、夫で師でもある鉄幹より優位に立ってしまった晶子だけれども、それでも彼女は鉄幹を崇め、恋し続け、生涯を共にした。鉄幹としては、複雑な心境だったのだろうか。それとも素直に、妻の才を愛していたのだろうか。



 鞍馬寺本殿から魔王殿までは、木の根が地上に現れている異界のような道が続いている。


 鞍馬を異界とするのは、何よりも、この「魔王」の存在だ。寺というのは、仏を祀る。しかし、鞍馬山では、上記の毘沙門天、そして観音菩薩、あと、「魔王」を祀っているのだ。今から650万年前に金星より降り立ったと言われる「魔王」を祀ってあるのが魔王殿だ。


 キリストや仏陀が生まれる遥か昔に、宇宙よりやってきたと言われる「魔王」。鬱蒼とした山の中の祠に、魔王がいる。神や仏に手を合わせて願いごとをしたことは何度もあるけれども、「魔王」に願いごとをしたのは初めてのことだ。


 昔、とてもとても苦しくて死にたい死にたいと思い続けていた時、私は何かを信仰して楽になろうと思った。何かを信仰すれば、この苦しみから少しは逃れられるんじゃないかと思った。様々な宗教の本を読んだり、お寺に通って法話を聞いたりしていた。だけど、どんな本も話も私の心の中には全く響いてくることもなく、自分とは違う世界の御伽噺にしか聞こえなかった。私は何も信仰することは出来なかった。だけど、お寺に行って、何もせずそこにいると、不思議に安らかな気持ちになることが出来た。だから今でも寺が好きで(神社より寺が好き)、たまに寺に行かないと落ち着かない「寺中毒」である。そして「仏像中毒」でもある。仏像って、エロティックで不条理で、素敵。ゾクゾクする。こんなにエロティックで美しい物は無いよ。


 今は昔と違って、仏教の「言葉」が自分の中に入ってくるようになった。昔と何が違っているのか。それは、多分、昔は「入ってこない」と思ってたけれども、自分でブロックしてて拒んでたんだね。相変わらず信仰心は無いけれども、釈迦の「言葉」に救われたり、何かに気付かされたりすることは多い。仏陀の語っていることは、実は一つで、「どうしたら、苦しみから救われるか」、だ。だから、仏陀の言葉は、私を救う。昔は、ひたすら「助けてください」と祈り続けていたけれども、そのくせに何も聞こうとはせず、何も見ようとはせず、「まやかし」に囚われて進む道を間違えていた。だから罰を受け地獄に堕ちた。いや、堕ちてはいない、堕ちようとしていた。
 なんとなくだけど、「地獄に堕ちようとしている人」って、今はわかる。正しいことを聞かず、正しいものを見ず、余計な事に囚われて、それに苦しんでいる人だ。そういう人は、実は世間にはたくさんいるけれども、とにかく私の好きな人達だけは、地獄には堕ちて欲しくない。それだけだ。


 とにかく、何事も、自分ができる限りの事をして、後は信じて祈るしかない。信じること、祈ることが何故大事なのか。それは、自身の正しさを眩ませる悪魔と、戦って勝つ為に必要なことだからだ。世の中には、人の目を眩ませ、地獄へ誘いこもうとする悪魔が溢れていて、気を許すと引きずられてしまう。だから、信じることと、祈ることが大事なのだ。悪魔に囚われない為に、自分自身が、自分と、人を信じること。



 「魔王」に手を合わせて祈った。「魔王」の力を与えられることを信じて。


 
 魔王殿から山道を下ると、貴船神社へ。貴船神社は、水の神様、そして縁結びの神様なんだけれども(和泉式部は、ここに祈って男と復縁してるし)、宇治の橋姫伝説のおかげか、「丑の刻参り」として有名になってしまって、不気味な絵馬もかかっている。宇治の橋姫というのは、男の心が離れたのを苦しんで貴船へ参り、自分を鬼にしてくれと願い、男と、男の新しい女も取り殺したという話で、謡曲「鉄輪」の元となっている。しかし、「丑の刻参り」というのはね、自分にちゃんと返ってくるのが条件なんですよ。つまり、人を呪ったら、自分の身も破滅するのが前提。

 ここの絵馬も、アレなんだけど、東山の縁切り神社の安井金比羅宮の絵馬も凄いよ。実名で呪いの言葉が書き連ねてあるからね。妻が夫の愛人を呪って別れさせようとするとか、愛人が妻を呪ってたりとか、そのパターンが多いです。結婚してなくても、大抵、女が、男の恋人を呪う絵馬ですね。あの呪いの絵馬を見たら、本当に「嫉妬」という感情の恐ろしさに身震いする。友達は、背筋が凍ったって言ってた。
 ああやって、嫉妬で人を呪いながら、皆普通の顔して生活してるのだと思うと、人間って、怖いと思った。(恋愛関係の)嫉妬の感情の果てってのは、人を呪い殺そうってとこに行くのかと思うと、恋愛が怖くなる。嫉妬するのも、されるのも。

 安井金比羅宮には、男の人は是非一度行って欲しいですね。女は、、どう思うんだろう。私は、最初にその場所に行った時に、他人事じゃなかったから自分の中のそういう感情にゾっとした。だから今は、嫉妬の感情がどうしても生まれてきてしまったら、それを抑えるんじゃなくって、(抑えたら歪んで尚一層醜くなる)、別の方向に持っていって昇華するか、エネルギーにするしかないなって思う。あの絵馬を見る度に、あんなふうにはなりたくない、と思う。呪われた相手じゃなくって、呪う人間自身が苦しすぎる。



 貴船神社から、歩いて20分、叡山電鉄貴船口駅へ。ここからまた路面電車出町柳駅へ。路面電車って、好きだなぁ。ノロいから、車窓景色楽しめるし。四条大宮から、嵐山や北野白梅町への嵐電乗るのもかなり好き。広島や札幌でも路面電車に乗るのは楽しみだ。


 出町柳では、遅い昼飯を。おむらはうすhttp://www.omurahouse.com/というオムライス専門店。京都っぽいオリジナルメニューもあって、人気の豆腐オムライス美味かったです。この店は、看板文字のデザインや、お店のイラストを描かれてるのが、漫画家のひさうちみちおさんなんですよ。季節メニューで、京都の冬の漬物「すぐき」を使ったオムライスも出てた。金閣寺近くにも支店あり。


 そんな私の連休でございます。行き当たりばったりなんで、明日は明日の風か吹く。とにかく今日は、歩きまわったよ。しかしお寺(特に山の中の寺)に行くと、心が澄む気がします。(普段ドロドロだけど)そういう場所に行くと、自分の本心が見えてくる、いつも。本心が見えると、迷いが無くなり、やるべきことが見えてくるような気がする。(妙に気持ちが澄んで、やたら性欲が高まってる時があるから、今日も帰ってAV見てたけどよ)




 とにかく、寺はいいよ。
 寺は。