あなたしか知らない女

 「妻とはしてない」と言う男の人って、ホント多い。
 で、妻とはしてない人は、大抵他に恋人がいたり、何らかの形で遊んでいたりする。「だって男だから、したくなるのは当たり前。妻のことは家族として大事だけど、女として見られない。だから外でする。」と言いながら。あと、妻がしたがらないからって人も多いですけど。


 私が、じゃあ奥さんの方は、どうしてるの? 外でしてるの? と聞くと、答えをにごす人がいる。女の方に聞くと、子供を生んでからしたくなくなった、子育てで大変で、それどころじゃないと言う人などがいる。じゃあ、そうじゃない人はどうしてるの?


 Kちゃんは24歳。結婚して2年になる。子供はいない。Kちゃんは夫しか男を知らない。そして結婚して1年にもならないうちからセックスレスになった。結婚前はあんなにしていたのに、今はもう夫がしたがらない。夫の仕事は朝早くて夜遅いハードな仕事なので、毎日帰ってくると疲れたと言ってすぐ寝てしまうが、結婚前は、それでも仕事終わってから会ってしたり、休みの日は朝からしていた。だから「疲れた」というのは単なる言い訳で、本当は自分ともう「したくない」のだということはKちゃんもわかっている。仕事が終わるとまっすぐ帰ってきてるし、多分浮気している様子もない。働き者だし、会社でそれなりの地位もあるし、世間から見れば良い夫だ。でも、Kちゃんは、焦燥感にかられている。私は夫しか男を知らない。でも、その夫はもうセックスしてくれない。私は今まだ24歳、このまま誰ともセックスせずに年をとっていくのか?


 Kちゃんの夫は嫉妬深かった。携帯の履歴はチェックするし、男友達と縁を切らされた。その代わり高いプレゼントをいつも買ってくれて旅行にも連れていってもらった。結婚を申し込まれた時、Kちゃんはまだ若いし、ためらったが、かなり強引に話が進んだ。
 Kちゃんは容姿のコンプレックスが強く、セックスが怖かった。以前付き合っていた人とは、Kちゃんが最後まで拒み続けて、それが原因で別れた。でも私や、周りの人間から見たKちゃんは、愛らしい容姿で、ほがらかで人がよく、「可愛い女の子」だ。
 Kちゃんと夫が付き合い始た時、やはりKちゃんは自分に自信が無くてセックスが怖かった。しかし彼がリードしてくれて、時間はかかったが、無事に処女喪失した。Kちゃんは言う、私は夫しか知らないけど、セックスって、そんないいものだと思わない。気持ち良いと思うことも無いことはないけれども、「すごくよい」ものでもない。多分自分は、セックスが好きじゃない。


 Kちゃんは結婚する前に、夫には内緒で恋におちたことがある。相手は既婚者だった。相手もKちゃんを好きだと言ってくれた。体を求められた。でも、どうしても夫に対しての罪悪感がぬぐえない。嫉妬深い夫だけど裏切られない。それに、その相手のことは好きだけど、既婚者だし、自分ももうすぐ結婚する身で、これ以上関係を深めるのが怖かった。セックスは拒んだけど、キスだけは許した。そのキスは、夫とのキスとは比べ物にならないほどの、気が遠くなるほどの気持ちの良いキスだったという。


 そしてKちゃんは結婚して、1年もたたないうちに夫から求められなくなった。もともとセックスは好きじゃない。でも、寂しい。夫はもう私を女として必要としていないのか? 私はまだ24歳、友達は皆いろんな恋をしたり楽しそうなのに、自分は夫しか男を知らず、その夫にも求められず、取り残されたようだ。Kちゃんは、寂しくて、夫にせがんだ。夫はせがまれた夜だけ、セックスをしてくれた。しかしそれからはまた元通りのしない日々だ。夫がしたくないのはわかっているから、自分からしてとせがんでしてもらうようなみじめなセックスはもうごめんだった。
  

 Kちゃんは、浮気は出来ないという。夫しか男を知らないから、他の人とすると世界が変わりそうで怖い。結婚前に交わした気持ちの良いキス、、、それだけでも十分怖かった。夫が例えば他に女を作ったとかならできるかもしれないけど、夫は一生懸命働いて私を養ってくれている、そんな彼を裏切ることは出来ない、とKちゃんは頑なだ。夫はKちゃんをどう思っているのだろう? (夫自身はこっそりAVで自己処理しているらしい)Kちゃんは元々セックスが好きではないから、平気だとも思っているのだろうか?女は男のような性欲は無いと思っているのだろうか?



 そんなKちゃんとある日お茶を飲んでいると、いきなりボソっと私に言った。

「ねぇ、加藤鷹って人知ってる?」


・・・・KちゃんはAVとかを見ている人では無いし、いったいいきなり何を言い出すのかと思った。


「知ってるよ、AV男優さんでしょ、どうしたの?」と私が聞くと、Kちゃんは、


「昨日ワイドショー見てたらね、その人が出てたの。私知らなかったんだけど、、、そういう人もいるんだなぁって思ったの、それだけ。」


 と言うと、少し沈黙して、何もなかったかのように話題を変えた。思わず私は、自宅に帰って、インタビューの載っている本や、押入れにあるAV関係の雑誌や、加藤鷹さん出演のビデオを持ってきてやろうかと思ったよ。
 

 でも、多分Kちゃんの求めていることはそういうことでは無い。セックスが下手で、今はもうしなくなった夫しか男を知らない自分にとって、「加藤鷹」さんという、どうやらセックスが上手で、とっても女の人を気持ちよくさせることが出来る、全く未知の世界の人の存在をテレビで知る。どうやらセックスは気持ちが良いものらしい。自分にとって、「気持ち良いセックス」は未知の世界だ。それどころかこれからの人生でセックスをもうすることがないかも知れない。それはもう諦めに近い心境だろうけれど、「気持ち良いセックス」を導いてくれる人がいるんだ、世の中にはそういう世界もある、でも私は、、、という、Kちゃんの焦燥感や葛藤は私が思う以上に大きいのではないかと思った。


 Kちゃんが、結婚前に歳上の既婚者と恋をしたけれど、セックスを拒んだと聞いた時、私は、無責任かもしれないけど「やっちゃえばよかったのに」と思った。キスだけでそんなに気持ち良いのなら、すればもっと気持ちよかったかもしれないし、Kちゃんも「セックスって気持ち良い」と思えたかも知れない。そしたら人生は変わる、多分。もしそれでKちゃんの結婚が駄目になっても、それはそれで仕方ないと思う。「結婚を後悔している」とか「私はもう一生セックスしないのか。」と語るKちゃんを見ていると、そう思えて仕方がない。


 男の人から「してもらえなくて悲しい」ということは、私にも思いっきり覚えがあることで、だからと言って他の人と割り切ってできることもできないのも覚えがある。

 わかるけれども、24歳で「私はもう一生セックスできない」なんて諦めるのは悲しすぎる。 


 Kちゃん、私もね、あなたぐらいの年齢の時、一人の男の人しか知らなくて、でもその人は、私がセックスしたいのを知ってたのに、してくれなかった。今思うと、他の人とやっちゃえばよかったと思うけれども、私も劣等感が強くて自分に自信が無くて、私みたいな女、相手にしてくれる男の人は、この人しかいないって思い続けてた。


 すごく、すごく、辛かった。悲しかった。


 そして、自分は一生このままだと思ってた。あなたと同じように、自分は一生「気持ちの良いセックス」なんて縁が無いどころか、セックスそのものも縁が無いと思い込んでいた。だから、あなたの気持ちが痛いほどわかるんだよ。私は独身で、相手の男には本命の恋人がいたけど、あなたの場合は「夫婦」という社会的な契約が成立している分、そこから踏み出せないのもわかるんだよ。 
 簡単に、セックスできる人もいるけれども、できない人もたくさんいるのもわかるんだよ。どうして、幸せになるために男と女が恋愛して結びついたはずなのに、私達は、こんな想いをするんだろうね。私達を捉えているものはなんなんだろうね。だからと言って、誰とでもいいかって言うと、そうじゃないし、誰かれかまわずセックスしてそれで満たされるかといえばそうじゃないのも、私達はわかってるんだよね。


 どうして、どうして、こんなにすれ違ってしまうんだろう。



 ただ、私は、きっとあなたに夫以外に好きな人ができたら、きっとあなたは悩むだろうし、罪悪感にいたたまれなくなるだろうし、それは世間では、「不倫」と呼ばれるものかも知れないけれども、きっと背を押してしまうよ。そして、あなたが、自分に欲情しなくなった夫を裏切り、他の男とセックスしたら、私は、「おめでとう」と祝福するよ。それは、「いけないこと」かも知れない。あなたは非難されるかもしれない、周りは「あんないい旦那さんがいるのに、浮気するなんて奥さん酷い」と言うかも知れない。


 でも、でも。
 私は、あなたの背を押してしまうだろう。

 
 妻に欲情しない夫を、あなたが裏切る日がやってきても、私はあなたの味方をする。セックス、しなさい。自分に欲情する男と、あなたが欲情する男と。


 あなたが夢見る、「気持ちの良いセックス」を。
 あなたにとっての、「加藤鷹」さんと。