かさぶた


 前回のように、私は自分の「友達」の事を、たまに書くけれども、彼女達に対して「親友」という言葉を使うべきかどうか躊躇する。きっと、「一生付き合っていきたい」と思っているから、もしかしたら「親友」なのかも知れないけれども、相手の方はどう思っているのかわからないし、付き合いをしている中で、「私達、親友だよね」なんて確認したりしない。

 自分が、友達だと思っていない人に、そう言われて驚いたことはあるし、傍から見たら「利用し合ってる」「寂しいからとりあえずつるんでいる」「適当な言葉が見つからない」「知り合い」な関係に「友達」という言葉を使っている人も少なくない。


 本当は、私は「友達」とか「親友」とか言う言葉に酷く懐疑的だ。
 

 かって、「親友」という言葉を使っていた人が、一人だけいた。高校の同級生のSという娘だった。

 Sとは、同じ部活で、家も比較的近くて、いつのまにか仲良くなった。高校を卒業してお互い進学してからも、一ヶ月に一度は会っていた。今でも覚えているのは、進学して、最初に会ったときのことだ。二人とも、実家を離れ慣れない土地で慣れない寮生活をしていた。二人で久々に会って、それぞれの寮に帰るとき、駅で二人とも泣いた。違う場所に帰るのが、寂しくてたまらなかった。

 その後、Sは短大を卒業し、地元の会社に勤め始めた。その会社に何年か在籍したあと、友達の紹介で知り合った男と、できちゃった婚をした。その間も、私とSはしょっちゅう会っていた。Sの結婚式では、私は露骨に不機嫌で、ふてくされて、周りに諭された。Sの結婚が嫌だった。Sがセックスして妊娠したことも嫌だった。Sのウェディング姿がとても綺麗なのも、嫌だった。Sの良いところは私が一番知っていると思っていたし、Sの名字が私の知らない姓に変わるのも、嫌だった。


 それでも、Sとは、ずっと親友のままでいられると思っていた。ただ一人の、親友だと思っていた。


 数年前の、ある日、共通の知人が結婚するという知らせを聞いた。披露宴に出るほどの親しい知人ではないが、「嫁入り」を見においで、と、その娘に言われた。「嫁入り」というのは、お嫁さんが高砂やに合わせて実家から嫁ぎ先へと移動するのを、近所の人達にお披露目する儀式のようなものだ。

 せっかくだし、見にいきたいなと思って、Sを誘った。Sも、行きたいと、言っていた。

 そしてその「嫁入り」が近づいたので、Sに、待ち合わせの時間と場所などのメールをした。「行くよね?」と確認すると「行くよー、でも、ちょっと子供が風邪気味なんだ、でも行きたい。」と返事が来た。

 約束の日の前日、Sの方からは何の連絡も無かったので、当然のように行くものだと思っていたが、一応念のためにSにメールをした。Sからは、何度か私がメールした後、前日の夜に「やっぱり子供が風邪ひいているから行けない」と返事が来た。

 子供はしょっちゅ熱出したりするし、子供のことで友達との約束がキャンセルになるのはよくあることだし、それに対してはなんとも思わない。でも、私はSに言った。

 「どうして、自分から、明日は行けないって連絡してこないの?」


 こう私が言ったのは、わけがあった。Sは皆に天然で可愛いといわれるキャラで、おっとりして、ちょっとボーっとしている。それはSの持ち味なんだけど、そのおっとりのせいか、天然のせいか、昔からSは時間にルーズだ。学生時代、まだ携帯電話が無かった頃、待ち合わせの度に、1時間とか、45分とかSは遅れてきた。最近も、そんなことがあった。Sが私の家に遊びにくると行った。約束の時間を20分過ぎてもSは来ない。電話をしても、出ない。こっちとしては、何かあったんじゃないかと心配もする。約束の時間を40分ほど過ぎて、やっと電話が通じた。Sがうちに来たのは、約束の時間を1時間とっくに過ぎたときだった。ごめん、なんかバタバタして、と、いつもSは言う。この時も、本当は、こう思ったのだ。
 
「遅れるなら、なんで自分から連絡して来ないの?」

 と。


 Sは確かに結婚していて、子供もいるし、私にはわからない忙しさもあるだろう。でも、Sは専業主婦だし、家事も姑さんがほとんどしているし、子供も保育園に預けている。はっきり言って、知人の主婦の中では、めぐまれた状況の方だと思う。結婚して子供を育てながら働いている人なんて、たくさんいる。それはとても大変だと思うし、彼女達と食事の約束をして、「ごめん、子供が熱出して行けない」ってことも、よくある。そんなことで怒ったりしない、そういうものだと思っているから。でも、彼女達は、そういう場合は、早めに、自分の方から連絡をしてくる。


 私が「どうしていつも、約束を果たせないときや、遅刻するときに、自分から連絡してこないの?私だって、暇じゃないし、待たされた時間は無駄になる。約束破ることを怒っているんじゃない、どうして昔から、時間にルーズで、自分から連絡してこないの?」とSに言うと、Sは「ごめん、許して」と電話してきた。

 実際、この頃の私は、毎日残業で土曜も出勤していたし、おまけにこの時期は出張も多くて代休も無くてハードだった。ついでに言うと当時は遠距離恋愛もしていて、月4日ほどの休みのうち半分は、始発電車に乗って恋人に会いにいったりもしていたし、体力的に、しんどい時期だったのだ。たまの休みは、ひたすらぐったりとしていた。知人の嫁入りも、一人なら行かなかったと思う。Sが行くと言ったから、行くつもりにしてたのだ。結局一人で行ったけどさ。


 Sは電話口で、ひたすら謝っていた。ごめん、ごめん、許して、と。子供が風邪ひいちゃったの、と。
 だから、私が言いたいのは、子供が風邪ひいて行けなかったことじゃないんだよ、だって、あなたが時間にルーズなのは、昔からだもん。そうじゃなくて、なんで、子供が風邪ひいて行けないな、とか、用意がバタバタして待ち合わせに遅れそうだな、と思ったら、そのときに、私に連絡してこないの?なんで、いつも私の方から連絡するの?遅れる、とか、行けない、とか、聞いていたら、私も、そのときに対処するのに。私だって暇じゃないんだよ。何のための携帯電話?今回だって、あなたが行くというから、私も行くつもりにしてたし、何の連絡も無いから、あなたは行けるものだと思っていた。子供の風邪は、関係無い。これはあなた自身のルーズさの問題だ、と、私は、かなり理論的に、わかりやすく自分の言いたいことを言ったつもりだった。

 しかし、彼女の言いぶんは、こうだ。行くつもりだった、でも、子供が風邪をひいた。連絡しないことは、本当に悪いと思っている。でも、私は、最近不安定なんだ、毎日が単調で(?)いい加減な人間になってしまっている、と。


 不安定だというので、夫や姑との間に何かあるのか、悩みごとがあるのか、と聞くと、それは無いという。夫と子供は心の支えだし、姑にもよくしてもらっている。自分でも不安になる理由がわからない。ただ、自分は甘えん坊で、人に守られないと生きていけない人間だ。あなたのように、いろんな仕事して、一人で何でもできるような強い人間ではない。このままじゃいけないとは、自分でも思う。自分を変えなければ、子供達のために。


 夫と子供という心の支えがあって、経済的にも不満無くて、いいじゃん、と思った。私なんか、なんの心の支えもないよ。働くのだって、金が無いから、働いてるんだし。人に守られていないと生きて行けない人間、甘えん坊、確かに彼女はそうかもしれない。彼女から見たら、私は、好きなことばかりしていて、とても強い人間に見えるらしい。それは、正直、よく言われるし、否定もしない。だって、そういう人間になりたいし。実は、そうはなれてないんだけど。甘えたり、守られながら生きていく方が、私は怖い。それを失ったときに、何も残らなくなるから。そういう意味では、私より彼女の方が強いと思う。私は弱いから、強くなりたいのだし、弱い自分を無防備に人に見せることも怖い。そんな臆病な私より、彼女の方が強いと言えると思うのだけれども。


 そのこと以前に、彼女の言うことは、かなり論点がずれている。不安定なのは、ホルモンバランスとかいろいろあるんだろうし、平凡で退屈な満たされた日常も、その要因なんだろう。
 じゃ、なくってさ。私が言いたいのは、簡単なことで、こっちにも都合があるんだから、それを考えて、早めに連絡してくれ、ってことなんだけどさ。なんで、あなたはそれをしないのか、で、あなたがルーズなのは、子供とは関係の無いことだし、子供達のためにもっとしっかりするとか言って、子供を出す方が、卑怯だと思う。それは、あなた自身の問題だ、子供は関係ない。


 私としては、かなり理論的に言ったつもりなんだけど、彼女は、ひたすら謝って、いかに自分が可哀想なのか(その可哀想ってのも、理由が無いんだけど)を語るばかりだった。謝るより、わかってくれよって思ったのだけれども、彼女は、子供が子供が、と、そのことばかりを繰り返す。私が怒っているのは、子供が風邪ひいたことじゃないんだよ、って何度も言ったのだけれども。


 もう、話は平行線だった。そして、電話の最後に、彼女はこう言った。「どうか私を許して欲しい、これからも親友でいて欲しい。私のことを嫌いになっても、子供には会って欲しいーただ、それだけ。」と。なんじゃそりゃ、まるで私が妻子を捨てた男みたいじゃないか。私が悪いんかぁ??「許すとか、許さないとかじゃなくて、私の言ったことを、わかって欲しい。」と、私も言ってみたものの、、、

 それから、しばらくしての日曜日、私は、久々の休日で部屋で寝ていた。午前中は、ひたすら寝るつもりだった。連日の出張で疲れてたんだもん。しかし朝10時に、親に起こされた。(当時は実家住まい)なんじゃと思って、顔も洗わずによれよれのスエットのまま降りると、Sが来ていた。


 「近くまできたから。」とSは言う。よれよれの私の姿を見て、「ダラダラしてたの?」とSは言った。Sは子供をつれてきてたし、特に何を話すでもなく、一時間ほどで帰っていった。この前の件には、二人ともふれなかった。


 ダラダラしてたの?って言われて、正直ムっとした。ダラダラさせてくれよ、休ませてくれよ。疲れてるんだよ。あなたからしたら、私は好きなことばかりしている能天気な人に見えるんだろうけど、好きなこと(仕事)やる、って、そんな楽なことじゃないんだよ、好きなことだからこそ手も抜けないしさ。で、だから、なんで、いきなり連絡もせずに来るの?どうして、今から行っていいか、って、電話とかしないの。どうして、あれだけこの前言ったのに、私の都合はおかまいなしで、いきなり来るの?うちの親も、あなたがいきなり来るから、慌ててケーキや、子供のおもちゃを買いに行ったんだよ。
 それが、Sと会った最後だ。


 こういうことになって、初めてわかった。私は、Sがとても好きで「親友」だと思っていたし、Sもそう言ってくれていたが、そうではなかったということが。待ち合わせに毎回遅れてくるのも、私の都合や状況をまったく考えていないのも、それは、Sにとって、私が、どうでもいい存在だからだ。私の話を全く理解しようとせず、ひたすら自分がいかに可哀想か、訴えてくるのも。


 ずっと、親友だと思っていた。一生、お互いの状況が変わっても、一番大切な人だと思っていた。でも、それは、私の勝手な思い込みだった。それがわかった時は、さすがに悲しかったけど、なんだか、いろんな今までひっかかっていた小さな違和感の一つ一つがが、全てクリアになっていった。



 彼女が、待ち合わせの度に遅刻してきたのも、それ以外の違和感のある出来事も、全て、結局、彼女にとっての私は、「どうでもいい存在だけど、甘えられる人」要するに、都合の良い人だったわけだ。自分は、甘えん坊で、人に守られないと生きていけない弱い人間だと彼女は言う。そして、彼女は、甘え上手な人だったのだ。それだけ、だ。そしてそんな彼女に頼られて、私も彼女に依存していた。


 Sは、「子供には会って欲しい」(意味不明)とか言いながら、連絡してこなくなったし、私の方も、連絡しなくなった。その年の正月、初めて、Sからの年賀状が来なかった。私の方も出してないんだから、しょうがないんだけど、でも、うちの妹もSとは面識があるのだが、妹の方には、Sから年賀状が来たそうだ。自分も出してないくせに、なんだけど、そのことは、ちょっと、私をへこませた。


 どうも、他の人の話によれば、あの話は、結局は、「子育てと主婦業で大変なSの苦労を、好きなことしてる独身の私が、わからなかった。」という話になっているらしい。だから、Sはうちの妹には年賀状を出したのだろう。結婚して子供がいるうちの妹なら、自分の気持ちがわかるだろう、と思ったのだろうか。


 私には、Sの苦労はわからない。結婚もしてないし、子供もいないから。でも、Sにも私のことはわからないだろう。誤解をまねかぬように言っておくが、こういうのは、彼女だけで、他の結婚して子供もいる知人とは、普通に付き合い続けている。ある主婦の友達に、Sのことを言うと、彼女はこう言った。「私は、自分が結婚して、子供いる今の方が、人との付き合いは慎重になったよ。いきなり子供が熱出して、とかで、どうしても約束破ることはあるけど、それで人間関係を壊すのは嫌だから、慎重になって、とにかく早目に連絡するようになった。そのことで友達なくすのは嫌だから。」と。この友達の言葉は、ちょっと私を励ました。


 独身で子供のいない私と、主婦で子持ちの人とは、そりゃあ多少価値観の違うことは、ある。でも、それでも、お互いが、その価値観の相違を認識しながら付き合っていけば、そんな不愉快な想いをしたりすることは無い。お互い大変だけど、それぞれがんばろう、と励ましあっていける。

 親友だと十年以上思っていた人との決別を、後悔など全くしていない。なるべくしてなったのだと思う。彼女の方も私に対しては、何か言い分はあるのだろうけど(私はたいがい性格がキツイんで、よく人を傷つけてしまうし、なんだかんだ行って、自分のことしか考えてないから、あんまり人のこと言えないんだけど、実は。Sのこともたくさん傷つけていたと思う。)、私は、彼女が私の言い分を、理解しようとしない時点で、終わりだな、と思った。

 
 ただ、そのことを思い出すと、今でも胸が少し痛む。もともと人との距離のとり方がわからなくて、それでくよくよする部分はあったのだけれども、あれから、人に近づくのが更にちょっと怖くなった。人に好かれることも、更に臆病になった。



 それでも彼女は、私を強い人間だと言うのだろうか。