映画「名前のない女たち」


「君さぁ、人生楽しい? 自分じゃない誰かになれたら面白いって思わない!?」 
             映画「名前のない女たち」より




 ずっと、自分は特別な人間だと思っていた。永い間、つい最近まで。特別運が悪く、要領も悪く、醜くて、恵まれなくて、アタマも悪く、どうしようもなく、人としても女としても駄目過ぎて、上手く生きられない、恋愛や結婚、出産なんて、とんでもない。それどころか生きていちゃ駄目なんだ、間違って生まれてきたんだ、この世に居ちゃいけない人間なんだと。

 24歳の時、こちらから懇願して処女喪失をした。自分のような人間に興味を持って相手にしてくれた初めての男だから、この男に見捨てられたくなかった。懇願でもしないと、自分は一生処女のままだろうと縋りついた。処女喪失直後、ホテルで「仕事が上手くいっていない。故郷に戻らないといけない。60万円あれば・・・」とお金の相談を持ちかけられた。故郷には彼の婚約者がいた。私は彼を返したくなかった。迷いなんて無かった。自分のような人間のクズ、女のクズの相手をしてくれた唯一の人を離したくなかった。そして初めての男を救いたかった。命を捨ててでも助けようと思った。私は生まれて初めてサラ金に足を踏み入れた。そうして男にお金を渡すことにより喜ばれ、男は再び私に会ってくれた。
 私は、やっと、自分が、生きていていいんだと思えた。60万円ぐらい、すぐに返せると。好きな男を助けるためならば、なんてことないと。好きな男のために役に立った自分を、少しだけ好きになった。

 そうして、地獄の扉が、開いた。

 男の金の要求は制限無く続き、それに私は応え続けた。サラ金地獄と貧困と過剰な労働と男に言葉で罵倒される日々が、死にたいと朝から晩まで唱える日々が、永く、30歳近くまで、続いた。

 死んでしまえ、自分。男を殺して、死になさい。

 男から逃れても借金は残る。男に搾取された金を男から毟り取ろうとした。男に縋っていた二十代は、私はその男しか知らなかった。復讐のように、たくさんの男と寝た。たくさんの男と寝ると、男が怖くなくなった。軽蔑し始めたからだ。軽蔑しながら男と寝ると、心に虚無の穴が広がる。私から金を毟り取った男も、私にセックスと引き換えに金を与えてくれた男も、私を軽蔑する男も女も、全員死んで欲しかった。世の中が全て壊れてしまえばいい。誰も死んでしまえばいい。憎悪、絶望、虚無――そこから逃れる手段はたった一つだけ――死ぬこと。「可哀想だね、助けてあげたい」と言いながら私と寝る男も死んでしまえ。私を侮蔑する女も、世の中の澱を知らない清らかな水に漂う美しく裕福な女たちも死んでしまえ。みんな死んでしまえ、わたし、も。
 けれど、たくさんの男と寝ることにより、「私も、女なんだ」と女としての自分を肯定出来たことは、嘘じゃない。私は、絶望と共に自己肯定を手に入れた。



 映画名前のない女たちを、やっとこさ観ました。スクリーンで観たかったので、大阪のテアトル梅田での初日に行きました。この日は、上映前に元AV女優で原作にも登場する桜一菜ちゃんと、元AV女優で、現在も映画等で活躍中の、しじみちゃん(AV女優名は、持田茜)のトークショーもありました。

 トークショーの前に、桜一菜ちゃんとお茶をして、その後、合流して、しじみちゃんにご挨拶も出来ました。2人とも、頭のいい娘だという印象を受けました。桜ちゃんとは、なかなかディープな内容の話を明るく喋り合っていて、とても楽しい時間でした。


 映画を観る前は、少し心配していた。重い気分になってしまうのではないか、と。あと、その世界が、その世界以外の人の手によって良くも悪くも全く違った書かれ方をされていたら嫌だなぁと思っていた。けれどそんな心配は杞憂に過ぎず、後味のいい、非常に良く出来た青春映画だった。

 親から抑圧を受け、職場でも冴えない存在である主人公が、ある日、スカウトされ上記の台詞で口説かれて、その他大勢である企画AV女優になる。カメラの前で、別人格を演じ、セックスをして、「良かったよ」と褒められて、「頑張れ」と励まされ、短時間で普通のバイトの何倍ものお金を手にすることが出来るようになる。
 裸になりセックスを売り、それが映像として残る――それは、決して褒められることではなく、失うものの方が大きいことで――だけど、主人公は、そこで初めて、自分の居場所を見つけ、「生きてていいんだ」と自己肯定することが出来る。

 もう1人のヒロインは、猫にも他の女にも甘く優しく、つまりはだらしない、更にお金にもだらしない男と同棲し、その男の為にAVに出てお金を得ている。どうしようもない男だけれども、「自分のことをわかってくれるのはこの人だけだ」と、離れられない。

 よくあること。よくある光景。親からの抑圧。要領の良い同僚を羨望することも。男との共依存関係も、よくあること。セックスして、男の欲望の対象となり、「自分はここに居ていいのだ」と希望を持つことも、よくあること。
 私だけじゃない、よくある話。よく聞く話。
 この物語は、よくある出来事。決して特別な女の子の特別な話じゃない。誰かに「君は生きていていいんだよ」と言って貰いたい。そんな、よくある物語。

 私は、ずっと自分は特別な人間だと思っていたけれど、最近、そうじゃないことを、いろんな人に会ったり話をして、日に日に感じる。私が羨んでいた「普通の女たち」も、大なり小なり、寂しさや孤独から来る飢餓感を持っていて、それ故に道を踏み外したり逸れたり絶望したり泣いたり悩んだりしながら生きているのだということを、ようやくながら教わっている。

 私は、全然、特別な人間ではなかった。そのことで、ホッとした。

 しじみちゃんが、「AVやってて辛かったことは?」との質問に答えて「辛かったことなんて無い。楽しかった。宗教だから」と答えていた。
 私は「男」という宗教にハマっていた。彼女達は「AV」という宗教に。大抵の人間は、何らかの宗教にハマっている。仕事だったり仲間という名の他人にだったり、恋愛だったり、学校だったり、趣味だったり、芸能人だったり、ブランドだったり、スピリチュアルだったり、映画だったり、本だったり、何らかの「宗教」にハマり、熱中し、それが全てで、他の物が目に入らないという状態に陥ることは、よくあることだ。
 何故、宗教にハマるのか。寂しいからだ。人間は必ず死ぬ、いつか死ぬ、消えてしまう。消失を約束されても生きなければならない。それはとても寂しく孤独なことで、だからこそ何かに縋らずには生きていけない。縋ることで、依存することで、宗教にハマることで、「生きよう」としているのだ。だからそれは、前向きなことなのだ。生きるためにやっていることなのだから。自死しないために、私達は宗教を探し縋るのだ。それは生きていくため死なないための前向きな選択なのだ。

 過去は消せなくて、私は過去を悔やんでいるし、生まれ変わるのならば、二度とこんな人生は嫌だと思っている。けれど、もう、いい。もう私は特別な人間じゃないということが、やっとわかったから、もう、いいんだ。


 ヒロインの2人の女優さんが、とても素晴らしかった。彼女達が演じたからこそ、この物語は、桜一菜ちゃんの言葉を借りるならば、「明るい絶望」を描き出せたのだと思う。

 ラスト近くになって、涙が堪え切れなくなった。あの頃、私は、とても寂しかったのだと、孤独が辛かったのだと、そう思うと泣けてきた。誰にも抱きしめて貰えなかった、愛されなかった、閉じた世界に引きこもり絶望を抱いてそれでも死ねないから生きるしかなかった。寂しかった、誰かに抱きしめて貰いたかった、本当に、本当に、あの頃、寂しかったのだ。そう思うと、涙が止まらなかった。

 今居る場所から逃れても、物語は終わらない。エンドレス、川を下る船に乗り海に辿り着いても、海は永遠に広がり波のまにまに漂い続けるように、物語は終わらない。
 この映画のキャッチコピーは、「生きてるふり、やめた」だけれども、ラストのヒロイン達の表情は、「これからも、生きていく」という希望を与えてくれるものだった。
 「名前のない女たち」の物語は、終わらないのだから。
 私も、あなたも、彼女達の物語も、終わらないのだから。



 そうやって、生きていく。






 

 名前のない女たち公式HPhttp://namaenonaionnatachi.com/index.html

 本当に、いい映画でした。


 桜一菜ちゃんブログhttp://sakuraxxxlog.blog70.fc2.com/

 しじみちゃん(元 持田茜)ブログhttp://ameblo.jp/cizimikaikai/

 今、しじみちゃん特集やっています、梅田日活のHPhttp://r18theater.info/

 原作者の中村淳彦さんブログhttp://atu1050.blog45.fc2.com/



 ☆ちょいとお知らせ

 原作の最終巻の解説を書かせて頂いている関係で、京都みなみ会館で今月30日の20時40分の回の上映終了後に、30分ほど、私がトークをさせていただくことになりました。(映画初日は23日)
テーマは「女が、性の世界で生きること、性を描くこと」

 詳しくは京都みなみ会館さまのHPをごらんください
http://kyotominami.blog102.fc2.com/blog-entry-66.html
 ライトアップした東寺(日本一の高さの五重塔)が見えるという京都っぽい場所にあります。

 「名前のない女たち 最終章 〜セックスと自殺のあいだで〜」重版後からは、私、藩金蓮の肩書きが「評論家」(笑)から「作家」に変えていただける予定なので、今のうち買っておいたらレアかも。評論家って、きっとこれから先、名乗ることないだろうから・・・今回もいろいろあって苦肉の策のとってつけた肩書きだったんだが。


名前のない女たち最終章?セックスと自殺のあいだで (宝島SUGOI文庫)

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名前のない女たち (宝島社文庫)

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名前のない女たち 2 (宝島社文庫)

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名前のない女たち〈3〉“恋愛”できないカラダ (宝島社文庫)

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