初めての男


 先日、久々に初めての男からメールがきた。

 「元気ですか? どないしてんの?」

 と。

 初めての男は、今まで私が散々書き散らした、22歳上の男です。騙された形になるのですが、この男に縋られ、脅され、泣きつかれ、私は数百万をサラ金で借り入れ、職を失い、20代の時間を失い、友人を失い、親からの信頼を失い、田舎に帰るハメになりました。そこから、京都に戻る為に必死に勉強して働きまくり、親を騙すような形で、3年半前に京都に戻り今に至る。

 この男と自分との間にあった、えげつない、殺し合いのような、出来事の数々は、書けない。人を不愉快にする内容でもあるし、ノンフィクションという形では無理かなと思っています。私は一時期、朝から晩まで、この男を殺して自分も死のうという考えに支配されてましたし、後半数年間は「死にたい」と思わない日は無かったです。
 今まで生きていて、一番憎んだ男です。

 で、そんな男から何故メールが来るのかと。
 京都に戻ったぐらいですかね。一度会いました。
 それからは会ってないけれど、メールは数ヶ月に一度来る。
 大抵無視してます。
 それでも来る。

 メール受け取り拒否しろって?
 そんなに憎いなら、関わるなって?
 はい、そうなんです。
 
 確かに、こやつは、うちの実家に一度怒りにまかせて電話してきたことがあるし、私が彼の母親に金の返済を迫った時は、家に来られて部屋の前で怒鳴られて、すごく怖かった。

 私がこうして、ネットで不特定多数にヤツの行状を晒していることを知れば、彼は私を殺しにくるんじゃないかと思います。
 今の家は知られてはいないけれど、実家に何かしてくるでしょう。
 「自分は悪くない」と思っており、私に対して何の罪悪感も抱いていません。ましてや、自分が未だに私にとって「最高の男」であると思っているのですから、ホントに。
 私はあれから何十人もの男と寝たというのに(正直、寝た男の数覚えてません)、彼は「自分が一番」と本気で信じて疑わないのですよ。
 もう、本当にどうしようもない。
 しかも現在、還暦過ぎて、借金もあり、仕事も殆どしていない(社会に出るのが怖いのです)どうしようもない。
 本当にどうしようもない、人間のクズ。
 ホント、私が彼のことをここまで書いていることを知ったら、殺しにくるだろうなー。
 うちの親も、もう耐性が出来てると思うが、殺すなら、直接殺しに来い、だな。
 その時は、会ってもいいと思ってる。
 殺してみやがれ。
 お前なんかに、私は殺されない。
 私を殺していいのは、私が愛する男だけだ。お前じゃない。

 私の中に、老いて人から見放され滅んでいく彼が朽ちて腐る様を見届けたいという願望がある。話聞いても、今、かなり不幸だと思うんですが、それこそ私の願っていたことです。
 私の願い通りに、不幸になり、落ちて、朽ちて腐っていく。どんどんと人から見放され、世の中に取り残され、それでも裸の王様のままで、「自分が偉いんだ、正しいんだ、人が世の中が間違っているんだ」と叫び続ける愚かな男。
 私の初めての男。

 あれを愛だとか恋だとか私は呼びたくないのです。
 
 その時は、この人が死んだら私も死ぬと思っていました。
 この人の為なら、何でもすると思っていました。
 その時は、愛してると思っていました。
 知人の、ある女に「気持ち悪い、あんなオッサンと」と嘲笑されたことがあります。私はその女のことも未だに憎んでいます。

 だけど今は、あれは愛だとか恋だとか思いたくない。
 憎悪する時間でしかない。
 私は私の20代を憎悪しています。

 大塚ひかりさん訳の「源氏物語」の中に、何度も、平安時代は、死んで三途の川を初めての男に担がれていくと考えられていたという記述があり、それを読む度に、嫌悪感に身の毛がよだちました。
 
 あれほどに憎悪した永い時間を、20代の記憶を忘れるなんて無理です。昔、付き合っていた人に「早く忘れろ」と言われましたが、無理です。憎悪という感情の根深さにゾッとすることもありますが、実は今はその男のことを普段は忘れています。

 普段は忘れているけれど、こうして数ヶ月に一度、メールが来る度に思い出す。そして、こうして私を求めることに私は残酷な喜びを抱いてもいるのです。だって、かつて私は彼をあれほど求めていたのですから、お金と引き換えにしてまでも。

 このまま、朽ちて腐って不幸なまま、死んでください。
 苦しみながら死んでください。
 私はそれを見届けたいという願望があります。

 そして、あなたが死ぬまでに、私は文章で、あなたとの醜い日々を描いて、いろんな人に読んで貰いたい。
 本当に、そういうことになったら、読書家のあなたは「蓮月詠子」「藩金蓮」が私と知ったら、殺しにくるでしょう。怒り狂うでしょう。
 私が書いたものを、たくさんの人が読んでくれる。
 文章で食いたくても、食えなかった彼が、そのことを知ること。
 それが私の復讐です。

 
 私のこういう考え方は、勿論不愉快に思われる方も多いと思います。
 
 昔の男なんか忘れて、憎しみなんか忘れなさい、と。
 前向きに生きろ、と。

 めちゃめちゃ前向きだと思いますよ。前向きな「復讐」だと。
 私のエネルギーは「憎悪」です。
 憎悪に塗れてて、醜いでしょう。わからない人には、わからない。
 だけど、わかったフリされるのは嫌だから、わからないままで居てください。
 ただ、私は今更、綺麗事なんぞ言う気はないのです。醜い人間が自分のことを醜いと言っているだけ、それだけのこと。
 

 治るような傷なんて、傷のうちに入らない。

 そして、忘れることなんて出来ないのですよ。
 出来るわけないでしょう。

 受けた傷も。
 投げつけられた言葉も。