愛の無いセックス
「AVのセックスで、本気で感じているはずがない。愛のないセックスだから」
そんなことを言われたことがある。ある女性に。
すかさず、こう反論。
「AVのセックスは、そりゃ完全に演技の人もいるだろうけれど、本気で感じている人もいると私は思う。確かにAVのセックスは仕事のセックスだけれども、愛(愛って何よと思いつつ)のないセックスで感じることなんて、当たり前にある。私は、恋愛関係ではない人とセックスしたことは何度もあるけれど、感じたし気持ちよかった。それに恋人とのセックスが良くなかったことだってある」
そうすると彼女は、
「私も恋愛関係ではない人とセックスしたことはあるけれど、全然気持ち良くなかった。恋人とのセックスは気持ちいい。愛のないセックスで感じるわけがない。だからAVのセックスって、全部演技だ」
って。
いや、それは、あんたがたまたま経験が少ないか、たまたま気持ちよくなかっただけじゃん。それは個人のことで一般論にすることはないだろうと思ったが、そもそも一般論にしてAVの話題にする時点で、聞く耳はないというか、もしかして私に喧嘩売ってんの? と思ってしまった。
私は、便宜上、あと受け狙いも含めて「AVライター」と名乗ることがある。彼女は勿論、そのことを知っている。
私はAV好きで、AVについて書いてて、気がつけばAV関連の仕事が来てた。現実はライターとしては、AVとは関係無い仕事もしているんですけど、自分の原点はやはりAVであることは間違いない。
AVのセックスは全部演技か?
そら「見せる」セックスなんで、演技も多少必要だし、演出も入る。商品なんだもん。けれど、女優は感じていないのか?
もし全ての女優が感じていないとしたら、私は切腹してもいいですよ!
そして、「愛のないセックス」と彼女はいうが、愛の定義が何なのかというのは置いといて、ここでは「恋人じゃない男とのセックス」としましょう。
AVのセックスもそうだし、風俗もそうだね。あと、恋人じゃないけれど、なんとなくセックスしちゃうこと、彼女の言い分なら、それらのセックスは全て「感じていない」のだということですね。
恋人あるいは配偶者がいなければ、セックスしないし、恋人、配偶者としかセックスしない人はたくさんいるし、一般的にはそういうもんかも。私の友達は皆、そうだ。
あと、そうじゃなくても口に出せない。出したら、あまりいいようにはとられない。貞操観念とかいうけれど、それよりは「人に悪く思われるのが嫌だ」「パートナーを傷つけるのが嫌だ」だから、セックスしない、あるいはセックスしてることを言わないのだとおもわれる。あと、「軽く見られるのが嫌」とか。
私も、「セックスしてない」とは書けるけど、「しました!」とは書けない。人を不愉快にするからです。説教されたりするのがめんどくさいからです。基本、セックスは相手のいることなんで、人にベラベラ喋ることじゃないとおもうし、自分も喋られたら嫌だ。
話を戻しますね。
で、「愛のないセックスは感じない」のか。
彼女は「自分も経験したけど感じない」と。
いや、だから、それはあんたがたまたまその時にそうやっただけやって。
私は恋人じゃない人とのセックスでも感じます。そら、誰とでも、じゃないよ。けれど、寝る相手というのは一応選ぶというのは傲慢に聞こえますが、誘われたら誰とでも寝るわけじゃないし、その時点で、生理的に駄目な人とか人間的に嫌いな人とは寝ないという選択をしているのだし。
そして、AVのセックスです。
私はAV出たことがないんで、観てるだけの人なんですが、全ての女優が「感じていない」ことはないと思う。
そら演技の上手い人もおります。でも上手く騙してくれるなら全然OK。
愛とセックスはセットじゃない。
一緒になった方がいいけど。
別々でも、いい。
そんなん答えなんて、ないです。
で、先日、友人宅で、そのことを愚痴っていたんですが、友人曰く、
「結局その人は、AVを否定したいだけなのでは」と。
そのとおりだと私も思う。
「AV」(ニュアンス的には風俗も含まれているのでしょうな)を否定する、否定したい人というのは、怖いのかもしれない。 恋人ではない、いろんな男と寝て、感じる女というものの存在が自分を脅かすのを、恐れているのかもしれない。
つまりは、自分の「恋人」が他の女に欲望を抱くことを、そしてそれを受け入れる女がいることを。
愛のないセックスでは感じない! ということにして自分を守ってんのかもね。
AVって、基本的に男性の性の欲望のためのものなので、「女性の気持ち」なんて配慮されてなくて当然で、だから女性が見て不愉快になるのは当たり前だと思います。
そもそも「性の欲望」って、暴力的で凶暴でエゴイスティックです。 私も、ロリコンだけは、ちょっと駄目です。
外国の本物の幼女ポルノを見たこともありますが、あれだけは痛々しくて辛いし、そして幼女しか性対象にできない人の心の在り方というのを考えると、暗い気分になります。
だから、以前は「女もAV見た方がいい」と能天気なことをぬかしていましたが、今はそう思いません。男のモノなんだから、男が見てたらいいです。それにやはり女として、セックス産業は必要だと思うし否定もしないけれど、持ち上げることはできない。その辺は非常に曖昧で複雑なのですが、そういうもんだよ。答えなんて、どっちみち出ない。
週刊実話の別冊の代々木忠&アテナ映像特集の付録についてるDVDを観ていて、そんなことを思い出していた。
快楽に咆哮し、失神し、トランスする男と女。
「AV」のセックスで感極まり泣く女。
これも全て演技だと、彼女は言い張るのだろうか。
で、愛って、何よ?
少なくとも私は、愛って何か知らないし、わからない。だから語れない。愛がそんなに偉いのか。
そんな私は、可哀相だと同情されるのだろうか。
恋人じゃない男とのセックスでも、優しくされて、愛情めいたものを感じて泣いたことがある。
セックスに伴う、もれなくついてくる、様々な切ない感情。
それを確認するために、AVを観ている時がある。