全身映像作家 ―平野勝之―
平野勝之という表現者がいる。
ドキュメンタリスト・冒険家、全身映像作家。
1964年、静岡に生まれる。16歳の時にマンガ批評誌「ぱふ」にて「ある事件簿」でデビュー。17歳、「雪飛行」で「SFリュウ」誌の月例新人賞受賞。後、「ヤングマガジン」新人賞、ちばてつや賞佳作入選。18歳の時に自主映画作家に転進する。20歳の時に長編8ミリ映画「狂った触覚」で1985年度「ぴあフィルムフェスティバル」入選。翌年「砂山銀座」で翌年は「愛の触覚2丁目3番地」で連続入選。特に「愛の触覚〜」は招待審査員大島渚氏の激賞を受けた。
後、AV監督に転進し、デビュー作「由美香の発情期 レオタード・スキャンダル」を皮切りに問題作を発表し続ける。
「おもしろい作品のためなら、なんでもやる」
その言葉通り、平野の作品は「過激」を通り越して唖然呆然とさせられる。「水戸拷悶」では女性を車に乗せて都内を走り浣腸をしたり、ウンコを食べさせたり、ゲロを吐かせたり、ぐったりした女に花火を浴びさせる。「ザ・ガマン しごけ! AV女優」では下水道の中にボディコンのAV女優を追い込みミミズを食わせるなどの非道行為を行う。
平野勝之は、「面白い作品のため」に周りの人間と、家族までも巻き込む。
「アンチSEXフレンド募集ビデオ」では、静岡の両親の元に「婚約者を連れて帰る」と伝え、AV女優と共に故郷に向かう。二人を迎えた自分の両親に平野は、「実は彼女は婚約者じゃなくてセックスフレンドです!」と紹介する。平野の当初の意図とすれば驚き怒る両親の姿を撮りたかったらしいが、平野の両親は穏やかにそれを受け入れてしまうのである。
上記の件により、平野は本当の自分の婚約者を両親に紹介せざるを得なくなり、結婚する。問題作「わくわく不倫講座」は、この平野の結婚パーティの場面から始まる。実は上記の「ニセ婚約者」役のAV女優・志方まみと平野はその後、ビデオがきっかけで本当に恋愛関係に陥ってしまった。平野の妻となった「平野ハニー」(一般のOL)と平野の結婚パーティの席にもこの志方が居る。つまり、平野は結婚と同時に不倫を始めているのだ。(結婚パーティ後の志方と平野の痴話喧嘩じみたやりとりも全て撮影されている)
志方まみに恋した新婚の平野は執拗に彼女を追い、撮り続ける。彼女の部屋でセックスをし、恍惚と彼女の尿を飲む平野。恋人達の気恥ずかしくなるような関係が描かれる。ところがある日、志方は平野の前から姿を消してしまう。追われ、撮られることから逃げたのだ。平野は志方の周りの人間に逢い話を聞くのだったが、そこから平野の知らなかった、カメレオンのように相手により「女」を演じわける、志方の姿が浮かび上がるのだった。
ちなみに平野と志方の「恋愛」を、平野の妻である「平野ハニー」は全て知っている。「隠せない」平野は妻を自身の恋愛相談の相手にしている。それを受け入れアドバイスをする妻。
「2度と会いたくない」と平野の元から去った志方の気を引く為に手首まで切る平野。そして物語は志方不在のまま「10年後」「20年後」が描かれる。
20年後、全身に紫色の斑点が出来るという奇病に犯されたという志方が平野を訪ねてくる。演じるのは昨年、「片腕マシンガール」を発表した注目の映画監督・井口昇。余談だが、平野と共にAVを撮っていた頃の井口はウンコを食べたりゲロを食べたり相当ハチャメチャなことをしている。(平野にさせられている?)この「20年後の志方まみ」井口昇も、平野と絡み、平野にフェラチオをする。
そして志方の病は進行し、平野に「海が見たいの」と告げ、2人は平野の故郷である浜松の海に向かう。(途中、志方役は井口昇から『蛆虫』というバンドのボーカルでもありライターの原達也に代わる)
この「わくわく不倫講座」の中で平野は、一般のOLである妻とのセックスも撮影している。布団の中にいる平野に、出勤準備を終えた妻が声をかけるのだが、そのまま妻は下半身だけを脱ぎセックスするのである。セックスを終えた妻は化粧を急ぎ化粧を直し、「ミルク紅茶作ってあるからねー」と声をかけ部屋を出ていく。そんな平野の日常も描かれている。誰もが見に覚えのある、日常的なセックスが。
そして1997年に「由美香」と改題され劇場公開された「わくわく不倫旅行」では、平野はデビュー作で撮影した女優・林由美香と自転車で北海道に旅に出る。6年前、平野がAV監督になった当初・林由美香はトップ女優であった。平野は彼女に恋をするが完全に舐められており、告白できぬまま恋は終わる。それから平野の脳裏にはいつも林由美香がいた。いつか彼女に認められたいと、平野は上記のような問題作を作り続け名をあげる。ふとしたことから林由美香と再会した平野は、永年の想いが叶い、彼女と恋人同士になった。しかし勿論平野は既婚者であり、不倫である。
平野は唐突に北海道に自転車で行き、北の果てを目指すことを決める。その話を聞いて「私も行きたい」と言い出す林由美香。6年の間に、かつてトップ女優であった彼女は一度引退し復帰はしたが、既に一線から降りた女優であった。林が一緒に行くならとこの企画を仕事にしようと決める平野。だが、「落ち目」女優の林由美香の名前を出すのなら、それなりの「過激」なことをしないといけないと、あるミッションを与えられる平野。それは、彼女に「ウンコ」を食わすことだった・・・
妻に由美香と旅行に行くことを告げると、妻は「全身の力が抜けました」と言いながら、仕事ならば、面白い作品の為ならばと協力して送り出してくれる。(この旅行日記は「自転車不倫野宿ツアー」として出版もされており、あとがきを書いているのが、平野の妻である)
そして、平野と林由美香の永い旅が始まった。
ちなみに、この「由美香」の続編として作られた「わくわく不倫旅行2」も、流れ者図鑑」として編集され、劇場公開されている。「流れ者図鑑」は現在・映画監督として活躍中の松梨智子と平野が北海道に旅に出る。
林由美香との旅をきっかけに、平野は「自転車」「北海道」に拘り、冒険映像作家として疾走し続けている。
林由美香という女優は、AV女優、ピンク女優として異例の永さで活躍し続けた卓越した演技力を持つ女優だったが、2004年に自宅で急死する。発見したのは、「由美香」にも登場する彼女の母親と、かつての恋人の平野勝之である。久々撮影する筈だった由美香が撮影当日現れないことを危惧した平野が彼女の母と連絡を取り、マンションを訪ね、そこで倒れている林を発見する。睡眠薬とアルコールの服用による事故で事件性は無いと判断される。
もう1人、林由美香により開眼したAV監督がいる。カンパニー松尾である。若き日の松尾は、林由美香を撮り、猛烈に自分が彼女に恋していることに気付き、ビデオの中で告白する。「硬式ペナス」は、彼女への個人的な想いを託したラブレターならぬ「ラブビデオ」として発表される。これよりカンパニー松尾は自己の心情をテロップで多用した私小説的とも言えるAVを発表し続ける。男と女だからこそ、仕事の枠を超えて、時に「AV女優」に恋する松尾は、自身の弱さ、セックスを仕事にしていることの複雑な感情、妻子持ちであることのジレンマなども作品の中に投影する。現在も、HMJMというメーカーに所属し精力的に活動をし続けている。
松尾、平野、そしてバクシーシ山下、井口昇らの「AV」に影響を受けたクリエーターは少なくない。ドキュメンタリー監督の森達也、「エヴァンゲリオン」の庵野秀明など。現在東京では、その中の1人でもある松江哲明による「あんにょん由美香」が公開中である。この作品は、かつて焦がれた林由美香を死により失ってしまった松江哲明が、彼女が出演した、ある一本の韓国製作のポルノ作品を追うドキュメンタリーである。
上記の平野勝之という人の軌跡を読んで、どう思われただろうか。「おもしろい作品のためなら、何でもする」とは言うが、はっきり言って滅茶苦茶である。AV女優を追い詰める為に自分の手をナイフで切り血を流す、両親にセックスフレンドを紹介する、自分の不倫を全て記録する平野勝之の作品は、AVというジャンルではあるけれど、既にAVを超えている。やっていることは滅茶苦茶だが、卓越した編集能力と撮影技術、「現実」の持つドラマ性により、その面白さに驚愕する。映像の世界は無限で自由あることを平野は誰よりも証明し続けている。
私は偶然「由美香」と出会い、この世にこんな面白い映像作品があるのかと驚愕した。
表現をするということは、全身全霊をかけることだと、自分の肉を切り骨を振りかざしながら「作品」として世の中に送り出し、喜びに変えることだと、それは究極のマゾヒズムだということを教えてくれたのは、全身映像作家・平野勝之である。
(文中、敬称略)
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*8/2 208 SHOWCASE テキスト用に書きました。
*代々木監督作品については、「アダルトビデオ」のカテゴリーにあります。
*蛇足ですが、タイトルは、原一男監督が井上光晴を撮った「全身小説家」に、ちなんでおります。