よきひとの吉野

hankinren2008-04-20





4月某日 よきひとの吉野

「よきひとの よしとよくみてよしといひし よしのよくみよ よきひとよくみつ」     天武天皇

 お仕事で、千本桜で知られる奈良の吉野山へ。実は桜のシーズンに吉野に行くのは初めてだったりする。大阪から近畿道南阪奈道路、初代神武天皇が即位した橿原神宮の前を通り吉野の山へ。吉野へ行く度に毎度、昔の人の脚力はすごいなぁと妙な感心をする。だって相当に都から離れ山深いところだのに、ここに王朝(後醍醐天皇南朝)が置かれていたりもしたんだから。

 吉野という所は、天武天皇天智天皇の弟、持統天皇の夫)げ逃げ込んだ場所でもあり、都を追われた後醍醐天皇南朝を置いたところでもあり、西行法師が住んでいたところでもあり、源義経静御前と今生の別れをしたところでもあり、豊臣秀吉が花見を開いたところでもあり、歴史のあちこちに登場する場所です。

 元々は、役行者小角が開いた修験道の道場として知られております。「役小角」って、「宇宙皇子」とか、わりと小説などにも登場する人物なんでご存知の方も多いんではないかしら。

 役小角が開いた金峯山寺では、ちょうど後醍醐天皇の皇子の護良親王展をやっておりまして、年末に太平記読んで鎌倉宮やら、正月には楠木正成が没した湊川神社やら行ってきたわたくしにとってラッキーなタイミングでした。なんたって修験道の根本道場ですから、荘厳ちゅうか、怪しげっちゅうかな独特の雰囲気が漂っておりますよ。でもこの怪しさが好き・・・ゾクゾクしちゃう・・・護摩木が焼かれてる煙も好き・・・


 そして吉野の桜でございます。山肌が桜色に頬を染めたかの如くの淡い彩は絶景でした。人は多いんやけど、こりゃ見る価値ありですわ。通常の桜の名所って、桜の渦中で桜を観るわけですが、吉野の桜は、遠目で山肌の桜を眺める「花見」なんですよ。手を伸ばしても届かない桜。
 私が行った時は少し終わりかけだったので、今度は満開の時期にプライベートで来たいと思いました。プライベートで来るのはこの仕事してるうちは無理やけど。桜の紅茶と桜のお香を購入しました。写真はその桜のお香。

 それにしても、吉野に纏わる話は、静御前とか後醍醐天皇とか、「別離」「滅び」の話が多い。秀吉の花見も、豊臣秀吉という我が国で最も「花」のように生きた男の散り際を象徴しているかのようなものだ。
 私はどうも静御前という人が好きで好きでたまらないようです。自らが何か大きなことをしたわけではないんやけど、好きな男のために覚悟のある生き方をした彼女こそ、北条政子のいうように、まさに「女の鏡」だと思いたい。
 覚悟の無い人間は、何を言っても言葉に実がなく軽い。その行動も軽い。覚悟の無い理屈ばっかり達者な人間が一番醜い。そういう奴らの「犯罪」のニュースを見ると反吐が出る。何かをするんなら、腹をくくれ覚悟を決めろ。鎧を固める前に、裸で武器を持て。覚悟の無いことを「恥」とせよ。

 鎌倉の鶴岡八幡宮での静御前北条政子エピソードが私は好きですね。覚悟のある、腹をくくった女同士の対峙。政子も静もお互いを「同士」だと思ったであろう、その場面には、源頼朝を始め男達の存在が霞んでしまう。刃を持たぬ女だからこそ、想う気持ちと覚悟こそが唯一の武器。後に静が舞った鶴岡八幡宮で、静が憎んだ頼朝の血は絶える。それも静御前の念の強さ故か。




4月某日 一千年の王城の地

 お仕事で平安神宮の紅しだれコンサートへ。明治時代に平安遷都一千年を記念して造られた平安神宮は普段は夜拝観することはできません。こういう何か特別なイベントの際だけです。だから、私も平安神宮自体には何回も行ってはいますが、夜に行くのは今回が初めてでした。
 平安神宮の裏手にある神苑というお庭で枝垂れ桜のライトアップを観ながらコンサートを聴くことができるのです。初日の出演者は東儀秀樹。やはりすごい人です。ちょっと人が多すぎてゆっくりは聴くことが出来ませんでした。でも神苑に鳴り響く雅楽の音は荘厳で神聖な迦陵頻伽の声の如く。
 音楽って、聴くシュチュエーションによって、心の中への入っていき方が違います。部屋で1人で聴く音楽、恋人とベッドの中で聴く音楽、街を歩きながら聴く音楽、同じ曲でも、その折々のシュチュエーションによって、心への染み入り方が、感情へのアプローチが違う。1人で聴いてもなんとも思わないのに、恋人と聴く音楽はどうしてこんなに切なく響くのか、って。

 雨に濡れた枝垂れ桜が流れるように花を落とす神苑で響く東儀秀樹奏でる雅楽は、まさに神に奉納する音色でした。
 ほんで、その日に気付いたんですが、平安神宮の祭神って、京都に都を開いた桓武天皇と、京都での最後の天皇だった孝明天皇明治天皇の父)なんですね。大河ドラマ篤姫東儀秀樹さんが、孝明天皇役らしい。大河ドラマ見てへんけど。それもまたその夜には見事なシュチュエーション。都の花の音誰ぞ聴くや。



4月某日 あたしゃ御室の桜


 「あたしゃ仁和寺御室の桜 鼻は低いが人の好く」

 と唄われる御室仁和寺へ、お仕事で。こちらの仁和寺の遅咲きの桜は、背が低く花が大きめ。
 上記の歌の意味はですね、「私は御室仁和寺の桜みたいに、鼻(花)が低くて、美人じゃないかもしれないけど、愛嬌があって可愛いでしょ(だから人から好かれるのよ)」ってな感じかな。

 お客さんにも言いましたけどね、平安神宮のゴージャスな枝垂れ桜が「色っぽい美人」なら、仁和寺のちんまりした可愛い桜は「ぺっぴんさんやないけど、愛嬌がある可愛い娘」でしょうか。美人やないけど、愛嬌があって何となく可愛い娘っているやないですか。そうよ女は容姿やなくて、愛嬌よっ!! ってお客さんに言うたら、笑われましたけど・・・。でも男でも女でも愛嬌って、一番大事やと思うけどなー。媚は人に好かれようとするためやけど、愛嬌はその対極で、無意識のサービス精神みたいなもんから発するような気がする。

 そんな仁和寺の桜ですが、花というものは一期一会でございまして、今までいつも時期を外しておりましたので、満開の御室桜を観ることが出来たのは今回が始めてでした。境内の中の一面にちんまりちまちま満開に咲く御室の桜。登れへんけど、五重塔の上から見たら、さぞかし見事やろうなぁと思いました。
 御室の桜は、「綺麗」って言葉より、「可愛い」って言葉で形容するのがふさわしい。人間は愛嬌やでっ! 男も女もっ!! 奥さんっ!!





4月某日 浪花の花は太閤桜
 
 仕事以外の花見の話。ある日仕事を終えて、急に思いついて、大阪造幣局桜の通り抜けに。実は造幣局の桜も観るの初めてです。いつでも行けると思って、今まで行ってなかったんやけど、行けるときに行っておかなという衝動に駆られて1人花見をしてまいりました。
 いろんな種類の八重桜のトンネルを潜り、右手にライトアップされた大阪城を眺めながら人ごみを歩きました。初日やったから、テレビの中継もたくさん来てたな。桜の種類が多く、一つ一つの桜の説明の立て札読むのも面白かったです。以外に北海道の桜が多いのねん。あと平家物語にちなんだ「祇王寺祇女桜」なんてのもあった。
 普段は大阪城見てもなんとも思わないのに(今の大阪城は昭和6年に作られたもんやしね)ライトアップした遠目で見る大阪城は、好きやなぁ。咲いて散って一代で滅んでいった豊臣家の象徴だもんなぁ。
 桜の道を通りぬけた後は、1人で屋台で三百円のラーメン食って帰る。

 私は1人で時間過ごすのが好きだし、一人でどっか行くのなんて平気だし、基本的に旅行とかお寺巡りも一人で、人には「寂しいね」とか言われたりしながらも、全然寂しいとか思わず楽しんでるんやけど、だけど1人じゃ出来ないことがある。それは声出して大笑いすること。一緒に居て笑える相手と笑えない相手がいるから、誰でもいいってわけやないんやけど、アホなこと言い合って大爆笑できる相手とどっか行くのもたまにはええんちゃうかな、と思った。幸いにも私の友達は「爆笑発生機」みたいな人が多いし。
 声出して大爆笑、たまにはしないとストレスたまる。一緒に居て笑えない人とは、つきあいたくねぇな。笑える人とだけ付き合いたい。友達と逢いたくなる時って、笑いたくなる時だなぁ。一緒に居て楽しくない、笑えない人とは仕事以外では逢いたくない。




 ★大阪造幣局桜の通り抜けは、22日までやっております。





4月某日  再会

 びっくりしたこと。
 Aさんという人が居て、この人は、私が実家にある事情(サラ金で首回らなくなって)で強制送還される前にしてた仕事の関係者だったんですよ。Aさんはデキる人で、皆の人気者で、私もAさんと一緒に仕事するのは楽しかった。でも私は仕事を辞めて実家に戻らざるを得なくなり、事情が事情やったので、当時の仕事関係者の前から急に理由も無しに「消えて」しまったような形になってしまった。

 実家に戻って、免許を取る為に滞在していた海辺の街で、偶然にもAさんと再会した。なんで急に仕事辞めたのと聞かれて、事情を話した。私の話を聞いたAさんは、「また戻っておいで。一緒に仕事しよう」と言ってくれて、最後に握手してサヨナラした。私はその頃、本当に絶望していたけれども、そこでAさんに再会して励まされたことは、当時唯一の「いいこと」だった。
 それから数年が過ぎて、私は京都に戻った。戻ってはみたけれど、時間が経っているので状況も変わり昔の仲間達もそれぞれ散り散りになっていった。

 そして最近、仕事である会社に電話した時、私が会社名と自分の名前を名乗ったら、電話の向こうの人が「○○さん?(ワシの名前)僕、Aです」って・・・ええええ・・・?? 何でAさんが、そこにいるのー? ってビックリしたけど、それも偶然やら何やらあれやこれやで、私はAさんと昔とは違う形ではあるけれども、仕事で関わっていくこととなった。
 しかしまさか、昔仕事をしていた頃も、実家に戻った頃も、数年後にこうやって、再びAさんと関わるなんて思いもよらなかったし、もう2度と会うこともないだろうと思っていた人と再会できたのは嬉しい。縁があるっちゅうっこっちゃ。向こうは嫌がってるかもしんねーけど。


 生きてたら、思いもよらぬことと遭遇しちゃったりするから、とりあえずは生きてた方がいいな。
 なんだか今年の春は、去年より忙しいっす。やけど、アパートの更新もあるんで働かねば。アパートの更新っちゅうことは、この夏で、京都に戻って2年経つんだねぇ。早いねぇ。びっくりするわいな。この2年は怒涛のようやった。身近な人が思いがけない結婚しちゃったり、大事な人と別れたりもしたけれども、大事な人と出会ったりもしたし、あれやこれや徒然なるままに日暮し、硯に向かいて日々を眺める。



 忙しくなると、旅行に行きたくなる。行き先はもう決めてあるのだ。いざ長州へ、萩へ行かんかな、高杉晋作の墓参りに。


 『動けば雷神の如く、発すれば風雨の如し』

 伊藤博文が記したというこの碑文を見に行きたい。


 おもしろきこともなき世をおもしろく 住みなすものは心なりけり

 

 そんな卯月ですが、そういうわけで、37歳の誕生日は仕事やったんでお客さんと桜を眺めて過ごしておりました。バースディランチ&ディナーは、支給された弁当。ええ桜が観られて、ええ誕生日でした。遅咲き桜の季節に生まれてよかった。ワシの人生も遅咲き桜やし。