雪の下の柔らかな鼓動


 田舎からお米と野菜が少々送られてきました。雪の下に埋まっていた白菜と大根とブロッコリーとキャベツ。キャベツの葉がひらひらと開いていて、ホンマに柔らかくてふわふわしてる。以前、上司にお裾分けした際にもその柔らかさに感激されたふわふわキャベツ。

 包丁で切るなんて無粋なことは出来ないので、手でちぎってサッと軽く茹でる。ぐつぐつ煮込んだりお好み焼きにするには勿体ない柔らかさ。母はサッと茹でた柔らかキャベツを胡麻ドレッシングで食べると言っていたけれど、ドレッシングが無いのでポン酢で頂きました。
 美味しい野菜を形容するのに1番相応しいのは「甘い」という言葉。美味しいふわふわキャベツは甘い、大根も甘い、白菜も玉ねぎも甘い。1人で食べるのは勿体ない、ふわふわ甘い雪の下のキャベツ。

 
 一昨年の秋に私の「仕事の甘え」を吹っ飛ばして「プロの仕事」を見せてくれて、厳しく優しく1番世話になっていたある人が、仕事を辞めるからと挨拶の連絡をくれた。彼女は20年以上、その仕事一本でひたすら脇目も降らずに走り続けてきた人で、40歳という年齢を自分の転機にしたいから、新しいことをやってみたいと私に告げた。収入も下がるし今まで他のことを何もしたことがないのでどうなるかわからないけれども、新しい世界がこれから始まることにわくわくしていると彼女は笑って言った。
 私は自分の幸せを一番に考えて決断をしました、だから○○さん(私の名前)も何よりも自分の幸せを1番に考えて、絶対に幸せになって下さいと、彼女は私に告げた。念を押すように最後にもう一度、1番大切なのは自分の幸せですよと繰り返した。

 40歳が転機と言われて、ふと目から鱗が落ちて視界が急に明るくなったように思えた。私も周りの人間も結果的なことであったけど30歳が転機だったという人間は多い。だけどその後の「転機」なんて考えたこともなかった。
 昔は自分が40歳になった時のことなんて想像つかなかったしその時に何か自分の道を広げるなんてことも発想になかった。何となく、30歳を過ぎたらもう下り坂なんて馬鹿げた考えを当たり前のように持っていたのかもしれない。
 だけど気がつけば私は今年37歳になる。きっと40歳なんてすぐに違いない。もう目の前に見えている。

 この前、ふと2年前に受けて30点しか採れなくて不合格になった検定試験の過去問題を解いていた。あれあれなんだ50点は採れるやないの。合格ラインの80点にはまだまだ届かないけれど2年前よりどうやら20点分、ほんの少しは私は賢くなってるらしい。勉強なんてほとんどしてないけれども、この2年間の読書や1人歩きやその他もろもろの経験で、20点分はプラスされてるらしい。

 そう思うと、歳をとることも悪くない。シミと白髪は増えたけれども、そう悪くない。40歳になった頃には、またプラス20点ぐらいの自分になってるといいな。2年前より今の私の方が遥かに幸せだし、40歳になった頃には更に幸せプラスされてるかもしれないと思うと、顔がにやにやほころんでくるではないですか。