男なんかに


「夫しか知らない女」
http://d.hatena.ne.jp/hankinren/20070706#p1、その夫ともセックスレスな知人は、ある日こう言った。

 

「私は今、漫画の中の登場人物にしか恋をしない。だって現実の男って、あんまりいい人いないしさ、まして自分は結婚してるから不倫になるやん。漫画の世界ならどろどろしないし、理想の人いっぱいおるやん。理想の恋が出来るやん。現実の男の人は、嫌なとこいっぱいあって腹立つこと多いもん」



 あああああああああーーーーーーそんなこと言うなよぉーーーーーっ・・・・・
 漫画の世界を否定してるわけやない。私だって昔漫画や歴史上の人物好きになったりしたし、今だって映画や小説に入り込んでボーっとなることあるよ。

 でもね、「現実の男はいい人いない、嫌なとこいっぱいあるから」とか言うなよ。

 そりゃあ現実の男は問題もあるし、現実の恋はどろどろしてて楽しいことばかりじゃない。理想の男、理想の恋なんて存在しないよ。でも漫画の中の理想の男は、あなたを抱きしめることは出来ないんだよ。あなたにキスしたり、あなたと肌を合わせたりできないんだよ。現実の男は、あなたを傷付けるかも知れない、あなたに悲しい想いをさせるかも知れない。でも、それでもあなたに触れることが出来るんだよ。


 彼女は、可愛い。だけども実はコンプレックスの塊のような娘だ。中学校の時にいじめられていたらしい。ずっとそれから自分に自信が持てないままだ。私から見たら彼女の若さと可愛らしさは凄い武器だと思うのだけれども、彼女は「私なんか、胸も小さいし、頭も悪いし、いつ男の人に捨てられても仕方ないと思っている」とか言うんだよ。だから、ずっと恋愛にもセックスにも臆病だった。そして、それでも好きだと言ってくれて、彼女に結婚しようと言ってくれた人が現れた。自分みたいな女を望んでくれるなんて、もう現れないかもしれないと思い結婚を決めた。

 
 そして今に至る。

 「自分は一生もうセックスしないだろう。」「現実はどろどろしているから、漫画の中の理想の恋に生きるよ」と言う彼女。


 こんなにも彼女ことが気になるのは、彼女の痛みに私も覚えがあるからだ。恋愛もセックスも諦めようとしている彼女の痛みが。痛い痛い痛い。あなたの痛みが痛いよ。だから、私は。



 あなたの夫があなたに欲情しなくても、私はあなたを抱きたい。あなたにキスして、あなたの肌に触れたくなる時がある。あなたがコンプレックスを抱く、あなたの体の部分も、あなたの一部だから愛おしいと思う。あなたは綺麗だ。あなたの体に嫌なとこなんて一つもない。だから私はあなたに触れたい。頑ななあなたのどこをどうすれば気持ちの良い声が出るのか知りたい。それをゆっくりと探していきたいよ。そして心も体も開いて欲しい。我を忘れるほど気持ちよくさせたい。あなたの夫より、気持ちよくさせたい。

 あなたは私にとってこんなにも綺麗だ。とても愛おしい。だからあなたに触れてキスしたい。セックスしたい。あなたと居る時間に流れる空気が私は好きなんだよ。あなたは自分が思うより、ずっと、ずっと魅力的なのに。
 あなたの夫があなたに欲情しなくても、私はずっと前からあなたに欲情してるのに。


 でも私には、あなたを貫くペニスと、あなたを抱きしめる堅い男の体と、あなたの身体を探る太い指と、あなたに愛の言葉を囁く低い声がない。邪魔な乳房など捨てて、男の体になりたい。

 そうしてあなたは魅力的なんだ、あなたに僕はこんなにも欲情すると勃起したペニスを見せたい。あなたはとても素敵だ。だから僕はあなたに、こんなにも欲情すると、言えたらいいのに。筋肉のついた堅い男の体で、あなたを抱きしめることが出来たらいいのに。それが出来なくて、とてももどかしい。悔しい。私が、男なら、あなたとセックスできるのに。

 あなたの長い髪を愛おしさをこめて撫でて、あなたに自信をつけさせたいんだよ。こんなにもあなたは綺麗で、素敵で、私を欲情させる人なんだと、ペニスを持つ身体で伝えたい。

 せめてあなたとセックスが出来ないのなら、私の代わりにあなたの心を開いて、あなたを抱きしめてくれる現実の男が現れることを祈るばかりだ。

 でも本当は、私の本音は、男なんかにあなたを触れさせたくない。男なんかに、あなたのことがわかるものか。あなたの痛みが、あなたの望むものが、男なんかにわかるものか。
 男なんかにあなたが愛せるものか。


 そう思うけれども、でも私だってわかってる。あなたを救うのは、漫画の世界の理想の男ではなく、現実のあなたを愛してくれる、まだ見ぬ男だけなのだ。悔しいけれど。だから私は時折ペニスを持った生き物が羨ましくて、憎む。
 私は、あなたを抱けない。


 だからどうか、「現実の男は嫌だ」とか言わないでくれ。いつか、きっと悔しいけれど、あなたを抱いて心を開かせてくれる男は現れる。その時、間違いなく私はその男に嫉妬するけれど。私が抱けないあなたの身体を抱く男に。

 自分は男と恋愛もセックスもするくせに、何を勝手なこと言ってるんだと言われそうだが。そうだよ、私は勝手だ。男にも女にも欲情するけど、あなたが男なんかに抱かれるのは嫌なんだ。


 漫画のような理想の男との恋とは違って、現実の男との恋は、ドロドロしちゃうかも知れないし、本気であればあるほど泣くことは間違いなくある。男なんか口だけ達者で、それで人を振り回しても平気な生き物で、寂しい女に付け込むことを容易するんだ。私はうんざりするほど嫌な目にあったよ。それを繰り返しているよ。だからもう信じないようにしてるはずなのに。好きになんかなるもんかと唱えながら、恋愛から目を背けているのに。


 男なんかのことで泣くのは嫌だから本当は卒業したいんだ。

 もう男なんかいらないと言いたい。頼むから振り回さないでくれ。これ以上絶望の穴におとさないでくれ、平気にはいつまでたってもなれないんだ。男なんかを好きになったり信じたりするのは本当は嫌なんだ。頼むから。辛い。痛いよ。自分に自信のないコンプレックスだらけの女は、付け込まれ易いんだよ。で、都合の良いように利用される。それをまた、「男の理屈」ってやつで正当化されてしまう度に、やりきれない。痛いなぁ。だから、あなたが自信がないままでいる限り、そういう寂しいけど、寂しいと言えない女の匂いに敏感なヤツが甘い言葉で近づいてきそうで、それが私は嫌なんだよ。


 同情を寄せることによって自己満足するために近づいてくる男は、結局何にも出来ないよ。自分に酔いたいだけで、後先考えちゃいないから。救いたいだの助けたいだの言われて、信じる度に裏切られる。泣く。どうしてそんな酷いことが簡単に出来て、感心するほど自分を正当化できるのか。ひどいことをしただとかさも反省したように口では言うても、本当のところはわかっちゃいないんだろ。ははははは。でも、その涙も痛みも全て凌駕するほどの喜びを瞬間だけでも味わえることがある。それを私は知っているから、絶望を繰り返しながらも男に欲情してしまう、それが哀しい。あなたに欲情するように。


 だから私は男になりたくてもなれないままでいる。憎みたくても憎めないままでいる。あなたを抱けないまま、時には暴力的なほどの男への憎しみこもる愛情と欲情を抑え込む。あなたの痛みに想いを馳せながら。私は強くなりたい。あなたの痛みを想う度にそう願う。痛みを痛みと想わぬほどに。泣かない人間になりたい。どんなことがあっても平気でいられるほどに。男なんか、いらないと思えるほどに。傷つけられても、人を傷つけても平気なほどに。セックスなんて、なんてことないと本当は思いたい。
 


 届かぬ人への実らぬ欲情で焦がれそうな身体を制服に包み込み武装して、化粧で女の仮面を作り上げ私は糧を得る為に仕事をして日常を刻みます。

 私がこんなにも欲情しても泣いても、世界はいつも通りに動いているので、それに従うしかないのです。


 それでも時折、そういう朝が哀しくて、見上げた空の蒼さが悲しくて眩暈を起こして自分中の全ての情や欲望を殺してしまいたくなることがあるのです。

 欲情と愛憎の袋小路に迷い込みながら。