ただ、恋のためだけに ―女優・林由美香―

hankinren2007-06-25



 その人に焦がれていた。

 自分と一つしか年齢の違わぬキラキラと輝く大きな目のその人に。偶然出会った映画の中のその人は、明るく自由でどこか幻のような存在感があった。
 その人のことを知る為の細い弦のような物をやっと見つけて、手探りで辿っていこうとしたその途端に、その人が亡くなったことを聞いた。


 世の中には偶然というものは実は存在しなくて、全ての物事が必然性を帯びていると何かで読んだことがある。もしそうならば、あの時、偶然本屋であの本を手にしたことは自分にとってどういう必然性を齎したのだろうか。

 偶然手にした「自転車野宿不倫ツアー」という本の元となった、「由美香」という元はAVとして作られ後に劇場公開された映画を見たのは、それからしばらくしてのことだった。そこで知った「林由美香」という一人の女の子(女優とか、女というより、「女の子」と形容するのが相応しいように思う、あの映画の中においては)に魅せられた。

 その存在を上手く表現する言葉を私は未だに持つことができない。「可愛い」とついつい言ってしまうけれども、それだけじゃなく、それ以上の何かがある筈なのに、相応しい言葉が見つからない。どんな言葉を持っても、表現することが出来ないような気がする。言葉という物の持つ枠をはみ出て、表現しようとやっきになる人間の手の平から溢れる生命力の光を放つ一人の「女の子」がそこにいる。


 その頃は、AVに関してもよく知らなかったし、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーに入る勇気も無かったし、ネット環境も無く、私はそれ以上にその人を知る術を持たなかった。
 ただ、映画館に勤めていたので、毎月上映される映画の情報が掲載される業界紙のようなモノの中のピンク映画の欄で時折彼女の名前を見かけることが出来た。
 それからまた偶然手にした東良さんの「アダルトビデオジェネレーション」という本の中のカンパニー松尾監督や、平野勝之監督のインタビューの中で彼女の名前を見つけたり、松尾監督を主役にした「職業AV監督」という漫画の中に登場したのを読んで、徐々に彼女のことを知っていったのだった。短い間だけ関係した不倫相手から貰ったビデオの中に松尾監督の「熟れたボイン」があった。
 

 私自身にそれからいろんなことが起こって、(前回の日記でも書きましたけど)住み慣れた地を離れ実家に強制送還させられ、とにかく働かねばと勤めた会社でパソコンという非常に厄介で便利なものと対面し、ようやくどうしても欲しかった「由美香」のビデオを購入して、数年ぶりに彼女に会えた。
 
 あれやこれやと田舎で私は忙しい日々を過ごし、ようやく中古のPCを手に入れて、東良さんが「ビデオメイトDX」の中で「由美香」に関して書いておられるのを読んで、私はあの映画がどうしようもなく好きなんですと伝えたい衝動に駆られてメールをして、それが2年前の2月。その年の6月に彼女は亡くなった。そして8月に私はmixiを始め永く封印していた「文章を書く」という作業を始めた。何で永く封印していたか、最初の男との関係により自分で自分に呪いをかけていたからだ。そして私はその呪いを解く作業を始めて今に至る。
 最初は、ただ単に誉められて嬉しかったから調子に乗ってしまっただけなんやけどね。文章を書くという行為は客観的になることが出来て、私は自分に起こった様々な出来事がそれで始めて実感としてわかったような気がする。自分が自分にかけた呪いを知って、それを解かねば生きていけぬと思った。


 そんなこんなで世界は広がっていったけれども、もう私が焦がれた彼女はどこを探しても居ないのだ。ただ幸運にも、彼女は女優で、残されたフィルムの中で会うことができた。

 代々木忠監督の「性豪」を見た。19歳の彼女がいた。寂しさで泣いて、嬉しさで笑う一人の女の子がいた。古い雑誌のインタビューの中で、「あの撮影で初めてオーガズムを知って嬉しくて友達に報告した」と語るのを読んだ。
 いまおかしんじ監督の「たまもの」を見た。33歳の彼女がいた。ドラマの中の「女優」である彼女を見たのは初めてで、演技の上手さに驚いた。ウディ・アレンの「ギター弾きの恋」のサマンサ・モートン演じるハッティと、F・フェリーニの「道」のジュリエッタ・マシーナ演じるジェルソミーナと重なった。


 「ギター弾きの恋」のラストシーンもだけれども、「道」のラストシーンのアンソニー・クイン演じるザンパノの嗚咽と押し寄せる凄まじい孤独は、見る度に胸がキリキリと痛む。そこにある物は、恋をして、その恋を自らの手で捨てて、半身を捥がれた者の癒されることのない絶対的な孤独だ。その恋を葬った罰を神に与えられたかのように孤独という十字架を背負わされる罪人のように思える。


 「たまもの」の愛子も、「道」のジェルソミーナも、「純真」とか「無垢」とか形容されてしまうけれども、「純真」「無垢」なる者というのは、すなわち身を守る鎧を持たぬが故に、第三者や世間から、あるいは自分の愛する人から受ける、悪意がそこに存在するしないに関わらずの鋭い矢をモロに受けてしまうわけで、体中に傷を受け、それでもそれを防ぐ術を持たずに、また人を求めてしまい、傷口から流れ出る血が痛々しく哀しい。哀しいからこそ美しい。だけど痛々しい。でも美しくて人は焦がれずにいられない。救う術など持たぬけれども惹かれずにはいられない。


 私は平野勝之監督の「由美香」は、もっともっと世に出るべき作品であり、DVD化されたらいいなぁと思ってはいたけれども、彼女の死によってしかそれが実現されなかっことを思うと複雑だ。
 冒頭に、「この作品を、この人に捧ぐ」というテロップの後、「由美香」というタイトルが出る。平野監督はインタビューの中でこう語る。http://www.walkerplus.com/movie/report/report4614.html

「自分の映画で、他者のために製作した映画はこれ一本です。当時、由美香が60歳になって観ても笑えるようなものを、何十年経っても鑑賞に耐え得るものを目指して作りました。(中略)例えば、仕事のこと、家庭のこと、恋愛のこととかいろんなことで、シュンとなったときにこれを観て、世の中にはこんなバカがいっぱいいるんだと安心して欲しいですね。こういう奴らだって別にどうにかこうにか生きていけるんだと。観て元気になってくれたら。あと、観た人が勝手に旅に出たりしてくれたらいいね。」


 私は、カンパニー松尾監督が彼女を撮った「硬式ぺナス」を観ていない。それこそ松尾監督のインタビューでしかどういった内容か、それを撮った動機を伺いしることができない。ただ、そこに「恋心」があったことしか知らない。


 恋というものの力は強烈で、恋で人は壊れるし、恋で人は死ぬし、恋で人は再生する。
 恋をしなくても生きていける。恋をしない人なんて実はたくさんいる。恋だと思っていたものが実は違っていたなんてこともよくある話だし、恋だと気づかないまま終わってしまうこともある。
 女性誌の特集などを見ていると、強迫観念のように恋をしろ恋をしろと詠っているけれども、身を飾るファッションとしての恋、セックスの理由付けの為だけの恋、自分の存在確認の為に他者を利用する為だけの恋、つまりは「自分の中で何の変化もない」程度の恋に関わる暇はない。
 恋愛産業って、金になるからね、街やメディアの中には「恋」が溢れてはいるけれども、恋の持つ化学反応って凄まじいから、人間は生きている間に、そんなにたくさんの恋なんて出来ないんじゃないかと思うよ。身が持たないもん。

 壊れて死んで生まれ変わって、とにもかくにもエネルギーがいる。「恋というのは病気に似ている。ただし、それは世界で一番美しい病気である」と言ったのは中島らもだけど、避けても逃げてもある日突然そいつはやってきて、ズケズケと人の中に入り込んできて、心を侵食する。
 こんなはずじゃなかったのに、と思う。誰が好き好んでこんな苦しさや哀しみを味わうもんかってんだ。この世で一番不条理で思うままにならない感情、それが恋だ。恋なんて、しようと思ってするもんじゃない。気がついたら好きになってた。戻れない道に来てしまった。つい、うっかり、避けていたはずなのに、落ちてしまった。痛い目に合うのはこりごりなのに、だけど自分の意志を超える力を持つ大きな風に動かされる糸の切れた凧のように、うねり彷徨い行き先を知らぬ旅に人は時折出てしまう。

 恋の行方なんて、誰もわからない。泣いたり笑ったり焦がれたり寂しくなったり、そんな感情に振り回される日々が始まって、懲りない自分ってバカじゃねぇのって思うけれども、そうやって恋に落ちるということは、それがその人にとって切実に必要なことだから起こりうるものなのだと思う。そうとしか思えない。

 
 だから、カンパニー松尾監督は「硬式ぺナス」を撮った。
 平野勝之監督は「由美香」を撮った。
 
 そして、私は、こうやって彼女の事を書いている。
 
 恋をして、焦がれるということは、そういうことなんだと思う。


 恋をするということは、世界に自分以外の人間の存在を発見することで、その発見によって、人は一人では生きていけないということを知ることで、つまりは孤独を知ることだ。
 人は己の半身を求め続ける故に、人と繋がりたくてセックスをする。人間が生殖目的以外にもセックスをするということにはそういう理由があるのだと思う。繋がりたい繋がりたいオナニーだけじゃ駄目だ繋がりたい触れたい入れたい入れられたい唇を合わすだけじゃ駄目舌を入れて舌を入れたい声を出して繋がって感じていることを私の耳にも確かめさせて繋がっても繋がってもいつかは精を放ち終わってしまうずっと繋がっていたいずっと繋がっていたい、それは叶わないことだけれども求めずにはいられない。


 人間と人間が、完全に一つになれないことなんて知っているけれども、例え一瞬でも身体の一部が繋がっている幸福が私は欲しい。そうやって自分が生きていることを確かめたい。自分の好きな人が生きていることを確かめたい。

 だから焦がれる。
 セックスに、私は焦がれる。


 俺はお前が好きだ。
 極めて個人的な想いだけれども、焦がれて惚れて好きになって、その想いが溢れて相手に伝えずにはいられなくなる。それでも溢れて溢れて世界中に想いを叫ばずにはいられない。人の想いなんて、形の無い、いつかは消えてしまう儚いものだからこそ、それを何かに残そうとする人間がいる。

 俺はお前が好きだ。
 これ以上の、何か物を作る動機は存在しない。
 好きだ好きだ大好きだ愛してるという言葉を使っていいぐらい好きだ好きだ大好きだ。
 だから叫ばずにはいられない。だけどいくら叫んでも叫んでも想いは目に見えない触れることのできないものだから、何かを作らずにはいられない。
 伝えたい、残したい、この想いを、恋心を。
 あなたの存在を残したい、そしてそれを伝えたい。
 世界中の誰よりもお前を好きだという俺の個人的な想いに周りを巻き込んで振り回してやる、ただそれだけだ、理屈なんて人にどう思われるかなんてクソ食らえだ。

 ただ好きなんだ好きなんだ好きなんだ焦がれているんだ、どうしようもなく。

 これ以上の物を作る動機なんて、存在しない。


 私は、一銭もならぬ文章を、どれだけの人が見てるかわからぬネットに書き連ねてる。何の為って、自分の為以外にないだろう。自分のことしか考えてない。自分の世界では自分が王様だ。だから自分が恋をしている焦がれる物のことを書く。
 恋心、これ以上の物を書く動機なんて存在しない。


 恋というものは破壊力抜群だけれども、破壊されて一度死ぬことによって再生されるエネルギーがある。そうやって人は変わっていく。恋をする度に何かが壊れ、何かが生まれる。

 私があの時、偶然手にしたビデオの中の一人の「女の子」に未だに焦がれていることも、それもきっと偶然ではなく、自分にとって切実に必要な何かを齎す必然性を帯びている出来事だったのだろう。

 世の中に起こりうる全ての出来事は繋がっていて、「縁」がある。だから偶然という物は本当は存在しない、全て必然性を帯びている。だからこそ、耳を済ませて声を聞いて、目を閉じずに凝視して、心を無にして全てを受け入れなければいけない、自分に起こりうる出来事の全てを。それらは全て必然性を帯びていて、例えどんな苦しいことや哀しいことであっても自分にとって必要なことであるのだから。


 恋心を残す人達がいる。
 ずっとずっと恋して焦がれ続けている人達がいる。
 何年たっても思い出して、繰り返し繰り返し存在を心に刻む人達がいる。
 その「想い」が確かに存在するということは、「彼女は確かにそこに居る」ということなのだ。
 間違いなく、確かに、「そこに居る」。

 だから、残された人間は、伝えなければいけない忘れてはいけない世界中に届けなければいけない、恋心を。
 好きだ好きだ大好きだ好きだ好きだ大好きだ。
 
 それ以上の、動機なんてこの世に存在しない。
 なんて幸福なことなんだろう。


 「この作品を、この人に捧ぐ 『由美香』」

 世界で一番美しい言葉で始まる物語が、存在する。






 明日、6月26日は、林由美香さんの命日です。




由美香コレクターズ・エディション
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「道」フェデリコ・フェリーニ監督
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「ギター弾きの恋」ウディ・アレン監督
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「たまもの」いまおかしんじ監督

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代々木忠特選スペシャル Vol.3」 この中に「性豪」が収録されてます。
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「女優・林由美香」硬式BLOG
http://blog.livedoor.jp/yumika0627/?blog_id=1974912

「由美香」について以前書いたモノ

http://d.hatena.ne.jp/hankinren/20061202#p1