セックス・セックス・そして、セックス ―『私を女優にして下さい AGAIN』カンパニー松尾監督作品


 セックス・セックス・セックス、そして「アダルトビデオ」。セックスって、アダルトビデオって、あなたにとって、何ですか?



 「AVに出る女」は、AV女優と呼ばれるけれども、AVに出る女の中には「素人」と呼ばれる女性達が居て、この作品は、三人の「素人」の元に監督が出向いてホテルでハメるという内容のビデオです。有名なシリーズだということは知っているけれども、V&R時代のこのシリーズは私は見たことがありません。(私はそんなにAVを数多く見ているわけではないので、比較論とかは出来ませんので、あしからず)


 自ら「AVに出たい」と応募してきた「素人」とラブホテルでセックスする。私達の日常の延長に存在している、決して「AVを見ている私」達と違う「あちら岸」に居る女ではない、同じ岸に居る女の「セックス」。

 以前、私は「女」である自分がAVを見る事の葛藤について書きました。http://d.hatena.ne.jp/hankinren/20061201#p1自分が女という性であるからこそ、「AVに出る女」について考えずにはいられない。昔はAVに出る女、お金を貰って画面の中でセックスをする女なんて、絶対に自分と違う世界のおかしい人だと思っていたけれども、今、30代を半ば過ぎて初めてセックスした日から10年以上過ぎて、いつくかの恋愛じみた出来事や、それにまつわる揉め事や、何人かの人としたセックスや、いろんな悲しいこと、楽しかったことを経て、今は「AVに出る女」が、自分とそんな遠いものだとは思わない。
 何故なら決してセックス=恋愛じゃないことを、知ってしまったから。それが最良の形だとは思うけれども、快楽を求めるだけのセックス、画面の中で自分の何かを残したいセックス、恋愛感情が無いからこそ気持ちの良いセックス、いろんなセックスがあって、どれが正解で、どれが不正解ということは無く、セックスに答えは無いと思うから。


 「素人」女性達は、ホテルでの監督とのセックスに、スケベなメスになって、股を開き、ペニスをしゃぶり、挿入されて、感じて感じて声をあげて喘ぎまくる。どこからどう見ても「セックスが好きな女」。恋人でも夫でもないカメラを持った男との「商品として」撮影されているセックスに感じて声をあげる女。画面からは、「セックスって気持ち良い!セックス!セックス!セックス!」と「セックス」という言葉の釘がビデオを見ているこちら側の心臓に力まかせに打ち込まれているかのようだ。


 「セックス」という釘が胸に打ち込まれ、打ち込まれた傷から血のような何かがボロボロと零れ落ちる。それは今まで自分が経験してきた楽しいセックス悲しいセックス屈辱的なセックス寂しいセックス最高のセックス、そしてこれから先に自分がしたいセックス、セックス、セックス、ただひたすらセックスが、ボロボロと零れ落ちて掌の上に乗り、まるでシャボン玉のように今にも消えてしまいそうに儚く頼りなく遊ぶようにコロコロと転がる。
 悲しいぐらい、綺麗。


 セックスに纏わる嫌な出来事や悲しい出来事は、たくさんあった。痛い目にもさんざんあった。セックスしたいけれども出来なくて悲しい気分になったり焦燥感に駆られたり重い気分になったりしてセックスなんて、性欲なんて、この世から無くなればいいのに、セックスしたいって思う自分なんて消えてしまえって何度も思った。この世からセックスが無くなれば私は平穏に生きられるのに苦しまなくて済むのに、セックスなんて嫌いになりたい、性欲なんて無い方がいい、セックスしたいと思う自分が嫌いだ、セックスなんて、セックスなんて、嫌いになりたい嫌いになりたい嫌いになりたい。


 それなのに。


 どうしてセックスしたいんだろう。こんなにセックスの事で哀しい想いをしているのに、自分の性欲で苦しむのに。いつになればセックス嫌いになれるんだろう、セックスがただ楽しくて喜ばしい物じゃないことを知っているくせに。セックスしたくて出来ないことの方が多いのに。誰かれ構わずセックスすることが出来ないのはそれで満たされないと思っているから、だからと言って好きな人とセックスして、それでも満たされないことはある。
 セックスがしたい、いやらしいセックスが。
 セックスで哀しい想いをして何かを失うことと遭遇して、もう二度とセックスなんてしたくない、男なんて好きにならない、馬鹿だアホウだ、セックスしたがる私はアホウだ、痛い目に何度も合ってるクセに、もうセックスから卒業して、すました顔して「セックス?無ければ無いで、どってことないよね」なんて、気取って言ってみたい。したがらない女、欲しがらない女になってみたい。セックスのことを考えない一日を過ごしてみたい。私は、お○んこなんてありませんわ、みたいな顔をして生きていきたい。人を好きになって、その人とセックスしたい、なんて思っちゃったりして、その気持ちに振り回されて泣いたりなんかしちゃったりもして、セックスしないと哀しいけれども、セックスしたらしたで、別の種類の哀しさみたいなことと遭遇しちゃったり、セックスして嫌いになったり、セックスして好きになったり、セックスして寂しくなったり、セックスして、もっと好きになったり、セックスして別れて一人家路を辿りながら泣いてしまったり、セックスって、何?感情をセックスに振り回される私って何?
 どうして哀しくなったり、寂しくなったり、うんざりしたりもするのにセックスしたいのか。


 そして何故私は、「アダルトビデオ」、すなわち「人のセックス」を、見るのだろう、見たいのだろう。そして画面の向こうで「セックス」を見せる彼女達。あなたは、どうしてAVに出るの?裸になって、男とセックスして、お金はもらえるけれども、その画像は残って、不特定多数の人に見られて、バレて非難される危険も少なくないだろう。リスクの大きいことなのに、割りに合わないことかも知れないのに、どうしてアダルトビデオに出るの、どうして恋人でも夫でも無い男とのセックスに、そこまで欲情して、めちゃくちゃにいやらしくなれるの、そしてそのいやらしいセックスが羨ましいよと思いながら、画面のこちら側にいる私は、「AVに出る女」「AVを見る女」「セックスが好きな女」「セックスできない女」いろんな葛藤をぐるぐるとめぐらしながも欲情して、「抜く」。


 私は、どうして「AV」を見るのだろう。オナニーのオカズとして?それだけなら、エロ本でもエロ漫画でも妄想でもいい筈だ。どうして私はお金を出してAVを買って、人のセックスを見てるんだろう?AVを見る暇があれば、誰かやらしてくれそうな知り合いでも誘って、セックスすればいいじゃんかよ、セックスじゃ埋められない何かをAVに見出してるの?人のセックスに、見知らぬ人達の欲情する姿に。


 人がいやらしいセックスをしているのを見て、感じまくってるのを見て、自分でヌいただけじゃ飽き足らず、ああセックスしてぇなあって思っちゃったりするけど、いやらしいセックスを見た後だからこそ、いやらしいセックスが出きる相手じゃないとしたくねぇよなあとか、うそぶいて見たり、ああセックスしたい、でも、めんどくさいって思いながら布団に入って、明日も仕事だし夜更かしは出来ないから寝る。
 それが、私の日常。


 朝、通勤で女性専用車両に乗ると、当たり前だけれども女の人ばかりで、この人達は昨夜セックスしたのだろうか、あるいはオナニーとかしてるんだろうか、皆平然とした顔して電車に揺られてるけれども、そうしながらもセックスの事を考えたりしてるんだろうか、仕事中もセックスしてぇなとか考えたりしてるんだろうか、もしかしたらこの「素人」の女の人の中には、AVみたいなすんげぇいやらしいセックスを昨夜やった人もいるかも知れないよな、とか、考えることもある。あのビデオの中の「素人」のようにドスケベな女に変身する人もいるのかもしれない、それでもこうして皆、平然と「私はセックスの事なんて考えてません」みたいな顔をして、日常を生きている。


 私も普段は毎朝起きて弁当作って通勤電車に揺られて会社行って、真面目にお仕事して、また電車に乗って帰宅して、「セックスのことなんて考えてません!」みたいな大嘘つきの顔をして日常を生きている。


 AV見て、人のセックス見て、「どうしてこの人達は、AVに出るという選択をしたのだろう、どうしてこんなに淫らになれるんだろう」と葛藤しながら、ヌいて、ああセックスしたいなって思いながら、めんどくさいやって、寝て起きて、またその事を繰り返して、それも私の日常。
 

 セックスに纏わる嫌な出来事や辛い出来事を思い出したり、セックスしたくても出来ない状況の自分が情けなくなったりして、たまに「セックスなんて嫌いだ〜!」って叫んでみたくなる。


 セックスしたい自分に、セックスできない自分に、人のセックス見て、葛藤しながらヌいてる自分に、真面目な顔して働きながらセックスのこと考えてる自分に、セックスで何度も痛い目に合うけれども、またしょうこりもなく同じこと繰り返してしまいそうな馬鹿な自分に、そうやってセックスに振り回される自分に、うんざりしたり自己嫌悪に陥ったりする。
 それでも私はセックスしたい。セックスが好きだから、自分にとって良い形で、相手にとっても良い形で、気持ちの良い楽しいセックスがしたい。


 AV見て、最後にじーんときちゃって、パンツ下ろしたまま泣いてる自分って、客観的に見たら、てめぇいくつだよ、いい加減にしろよって思うけれども、ちゃんと作られた「良いAV」には、オナニーだけじゃ終わらない、「何か」がある。


 ベタな言葉で、ちょっと恥ずかしくもあるけれども(相当恥ずかしいよ)このビデオを見て、「セックス」そして「AV」は、松尾監督の現在進行形の「青春」で、見てる自分も「セックス」そして、「AV」が現在進行形の「青春」だったりするから、私の中から、いろんな想いがボロボロ零れ落ちて、ついでに涙まで零れ落ちて、そんな自分が、やっぱり恥ずかしい。


 でも、「青春」っていうのは、恥ずかしいものだったりするから、まあ、いいじゃないか。(って、自分を納得させています)


 恋愛やセックスから卒業したい、振り回されたり、哀しい想いをしたりするのはうんざりだ。そんなふうに思う事は、これから先もあるだろうし、きっと、また懲りずに恋愛やセックスで泣いたり笑ったり寂しくなったりを繰り返すだろうけれども、やっぱりセックスは、いいもんだという終着点にたどり着きたいよ、たどり着けるんじゃないだろうか。


 「セックスって、いいもんだ。」


 そう思えるビデオです。
 そう思わせてくれて、ありがとう。





「私を女優にして下さい AGAIN」http://www.hamajim.com/lineup/adult/index2.html