女の顔は、変わる ―「顔」 主演・藤山直美 監督・阪本順二―


 女の顔は、変わる。お前が知っているあの女の顔も、次に会った時は、変わっているかもしれない。
 それが、女だ。


 「顔」という映画がある。阪本順二監督・藤山直美主演。おそらくもともとは福田和子の逃亡劇をモチーフにしたものだと思うが、結果として全くその事件とは違った内容である。主人公は妙齢の引きこもりの女性。仕事はミシンを使った内職。若くも美しくもなく心を閉ざした一人の女。自分の内側しか見つめていない、社会と隔絶されたく女。そして処女。

 母の死と震災によって、この女の運命は変わる。自分を罵倒する、美しく残酷な妹(牧瀬理穂)を衝動的に殺してしまい、女は、いやおうなく外の世界に出て、逃げる。逃亡の旅が始まる。

 強姦されて(強姦魔役は、現・中村勘三郎)、女となり、外の世界を、海にほうり捨てられた魚のように、漂うように逃亡する。外の世界に出るということは、いやおうなしに、他人とかかわらなければいけないと言うことで、他人とかかわるということは、自分を写す鏡を得るということで、初めて鏡を得た女は、変わっていく。

 女は外の世界で、さまざまな人と出会う。死相を漂わすラブホテル経営者、自分に懸想する男、手首に傷を持つスナックのママ、その弟のチンピラ。逃亡する女には、常に殺した筈の妹の亡霊が漂う。そう、この物語の登場人物は、皆、死の匂いを漂わせている。殺人犯である主人公以外。

 主人公の女だけが逃亡先を転々とする中で、表情が変わり、顔が変わり、社会と断絶された死人のような顔から、生きている人間の顔になり、段々と生命力を増していく。生命力を増すと共に、その顔は、美しさを帯びてくる。

 女は生まれて初めて恋をする。わけありの男に。自分は殺人犯の逃亡者、叶うはずのない恋。それでも、女は男に気持ちを伝える。想いを伝えずにはいられない、二度と会えないことはわかっていても。ただ「あなたが好き」だと、その想いだけが全ての、ひたむきで純粋で切ない愛の告白のシーンだ。そしてこの時には完全に当初の引きこもりがちの閉じた世界にいた女とは、別人の女になっている。

 天才女優・藤山直美の演技に牽引されるかのように、俳優達が最高の演技を見せる。牧瀬理穂、佐藤浩一、豊川悦司岸部一徳、そして、人間の情と痛みを、これでもかと見てるこちらが辛くなるぐらい内包する女を演じる大楠道代
 何よりも、これが現在のところ、最初で最後の主演映画となっている、藤山直美。若くもなく、美しくもない、くすんだ灰のような女が、生命力を増して、生きている人間の顔になる様を見事に演じる。舞台ではなく、映画は、表情などのごまかしがきかない。藤山直美はスクリーンの中で、「生まれ変わる女」の顔を演じきった。それはもう、完璧に。

 人間は顔じゃないという意見もあるけれども、顔の造り云々を超えたところで、内面が顔に出る。芸能人でも顔の造りは美しいのに、傲慢そうな内面が表情に現れている人とか、逆に顔の造りは平凡だが、豊かな感性を持つ内面が表情に現れて美しく見える人とか、いるでしょ?男だって、そうだ。
 
 (素ッピンという意味ではなくて)素の顔を見られるのは、怖い。自分の嫌な部分やドロドロした部分も、全て見透かされるのは怖い。自分の中の社会に対する臆病さが作り笑いを上手くした。私も本当は、あの映画の最初の藤山直美のように、社会と隔絶して生きていきたいと、ずっと思っていたはずなのに。何故、自ら選択して人との出会いが極端に多い仕事をしようとしているのだろう。外の世界で出ることは、自虐のようなものなのに。

 外の世界に出て痛い目にあったり人に傷つけられたり、そうすることでしか、何もわからない。人が怖いのに人を欲していないと生きていけない。人を介することでしか喜びも悲しみもわからなくて生きていられない。外の世界との距離の測り方が、未だにわからなくて上手く生きていけなくて、辛いことあるけれども、それでも、外の世界に触れていないと、生きられない。


 藤山直美の顔は、どんどん変わる。人と出会い、人を好きになり、人と離れ、どんどん顔が変わる。生きていくことは、逃亡の旅のようなものかも知れない。何からの逃亡?死からの、逃亡。いつか必ず果てる命からの、逃亡。だから、人と出会い、人を求めて、寂しさから、一瞬だけでも逃れられるように人と抱き合うのか。

 20代の頃は、あまり思わなかったが、30歳を過ぎて昔の知人などに会うと、良くも悪くも顔の変貌に驚くことが多い。シミが出来たとか、皺が出来たとか、そういうこと以前に、昔は「若い娘」だった知人が、驚くほど短期間で老け込んでいたり、逆に、とてもその年齢には見えないほど、生き生きと若く生命力があふれていたり。顔の造りは、整形でもしないと変わらないが、変わるのは、表情と肌。それは、内面が顔に出るということだ。「顔」が極端に、悪い方向へ変わった人は、深刻な悩みを抱えているか、あるいは、いろんなことを諦めていたりする。もう、若くないし、良い仕事についてるわけでもないし、私なんて、あかんわ、とか。
 逆に、生き生きとしている人は、肌に艶があり表情が明るく人に力を与えるような笑顔をしている。。

 多少は体質とか化粧品の加減もあるけど(間違ったスキンケアしてる娘も多いと思う。それに、化粧品選びも。)、諦めていない人間とは向上心のある人間で、そういう娘は、より良いスキンケアや化粧品を探してみつけようともするし、やはり肌や表情が「顔」を良くも悪くも変える。

 久々に会う知人が、前に会った時より肌が艶やかで表情が明るいと、たいして話をしなくても、幸せなんだなあと思う。そういう人はプラスの波動を出しているので、こちらもおこぼれを貰えるから、また会いたいなと思うのだ。30歳を過ぎてから、確かに時間の流れが早くなった。なんだかんだ言って、肉体的な衰えも感じる。だからこそ肌のくすんだ表情の暗い、いろんなことを諦めている、マイナスの波動を出している人間とは接したくないと思うようになった。それは男でも女でも。私は根が暗いしマイナスを抱えている人間なんで、そういう波動に影響されやすいのだ。

 諦めている人間は、悲しみを抱えている人間とは種類が違う。諦めている人間は、悲しみの感覚さえ鈍くなっている。鈍い方が平穏に生きられるとは思うのだ。ただ痛みも悲しみも味あわなくて済む代わりに、喜びに対しても鈍感になってしまうのは、幸せなことだとは思わないけれども。


 諦めていない人間に会ってエネルギーを貰いたいと思うし、自分もそうであれば、と思う。そして私の大事な愛する人達は、そうであって欲しい。社会と触れることは容易なことではなく、引きこもっていた方が傷つかずに済む、それは間違いないけれども。けれども、くすんだ表情の疲れた肌の、そんな「顔」の人間になるのは嫌だ。

 美しくなくても若くなくても、あの外の世界に出て人と触れて生命力をみなぎらせてゆく藤山直美の顔は、「生きている」人間の顔で、人々を惹き付ける。
 たとえその逃亡の旅の先には破滅しかなくても。それを知っていても、その顔は、なお輝いている。


 お前の顔は、お前の人生だ。お前の顔が愛おしくて、ゆっくりと指でなぞる。瞼を、頬を、鼻を、そして口を、なぞる。
 口づけすることはたやすいが、今はそれよりこうしてお前の顔を眺めながら指でなぞりお前の存在を確かめる。

 口づけする前に肌を合わす前に、こうしてゆっくりとお前の顔を眺めながら指でなぞらしてくれ。そうしてお前も、同じように私の顔を指で確かめておくれ。
 
 お前の顔は、悲しみも痛みも全部含めた今までのお前の人生だ。その顔を、お前の存在を、確かめさせてくれ。






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