私は飢えている

 大学に入り最初の1年間は寮に居た。門限7時、外泊禁止という厳しい寮だった。1年後に寮を出て初めての一人暮しをした。念願の一人暮しだった。寂しいなんて思ったこと無かった。週刊誌でコラムニストが絶賛していた一冊の本を購入した。性について書かれた本だった。当時処女でキスしたことも無い私には、わかるような、わからないような内容ではあったけれども、それでも、ぐいぐいと引き込まれるような説得力のある本だった。


 下宿の近くに小さなレンタルビデオショップがあった。私は映画に興味が無かったけれどもバラエティーや音楽のビデオを借りに、ごくごくたまに中をうろついていた。いつ行っても人の少ない店だった。私はドアを開けた右側の「18歳未満立ち入り禁止」のコーナーに一度入ってみたかった。私は18歳以上だけれども、そこに入るのはものすごい勇気を要した。でも客の少ない店だったこともあり好奇心に逆らえず、そこに足を踏み入れた。ドキドキした。人が入ってきたら、すぐに出られるように奥には入られない。選ぶどころじゃない。とりあえず女優コーナーで、現在タレントをしている有名な元AV女優のビデオを手にした。そして入り口の側に「代々木忠監督コーナー」があった。あの本の著者の名前だ。そのコーナーから、一本「ザ・面接」というビデオを取り出し、その2本と何か忘れたけれども漫才のビデオをカウンターに持っていった。


 タレントAV女優のビデオは、「なんじゃこりゃ」と借りたことを後悔させた。あからさまな演技の喘ぎ。ご都合主義の展開。処女の私でも、アレは本当にやっていないことぐらいはわかる。なんだ、AVってこんなもんか。男の人はキレイな女の裸と、こんな嘘の喘ぎだけでヌケるのか。お手軽だなぁ、しかししょうもないなぁ。 
 もしも私の借りたビデオがこれだけなら、おそらくこれ以降AVを見ることなど無かっただろう。しかし、もう一本のビデオがすごかった。すさまじかった。ごくごく普通の女の人がソファーに座り質問に答えている。どこかぎこちなく居心地悪そうに。正装した男達が数人現れる。女性が、その男達になでられ触られ恥ずかしがり抵抗しながら脅えながら犯されていく。女は挿入したままソファーのある部屋を出て普通に事務員が仕事をしているオフィスに連れていかされ、日常と非日常がリンクする。これは、さっきのビデオとは違う!本物だ!女は本当に感じてる、ヨガっている!とんでもなくいやらしかった。そして、おもしろかった。処女でキスもしたことの無い私が見た、初めての「セックス」だった。


 それから、そのビデオ屋で人の居ない隙を狙い、そのコーナーのビデオを借りまくった。全部見た。いろんなシリーズがあったけれども、「ザ・面接」のシリーズが一番おもしろかった。でも、他のシリーズのセックスも全部本物だった。全てが全て女が気持ちよくなり終わり、ということは無かったと思う。なんせ10年以上前のことだし、はっきり覚えてないのだけれども、勃起しなくて馬鹿にされる男優さんも居たし、男優を降参させてしまうような、すさまじい女の人もいたし。でも、どのビデオにも「嘘」は無いと思った。裸の人間の性のぶつかりあい、それは誠実さだ。とんでもなくいやらしく、とんでもなくおもしろかった。早送りなんて出来ない。少女漫画に出てくるセックスは恋人同士がキスして想いが高まって結ばれるパターンのセックスが主流だった。私もいつかは恋人が出来て、お互いを知り合い結ばれるのだと思っていた。しかし私が初めて目にしたセックスは全く違うものだった。その場で初めて出会う複数の男達に他人に見られながら犯されるセックス、感じまくる女。すさまじい、でも、とんでもなくおもしろくていやらしい。これが「セックス」というものなのか?


 ビデオ屋は閉店した。私も引っ越しをした。

 それからも何度かレンタルビデオ屋の18禁コーナーに足を踏み入れたことはある。でも、あのビデオ屋と違い、いつも誰かがそこにいた。女が入ってくると居心地悪そうだ。こっちも居心地悪い。選んで借りるどころではない。結局何も借りず店を出て家路を急ぐと背後で人の気配がする。背後から男が近寄り喋りかけてくる。「あの、、、お茶しませんか?」と。
 私は、「急ぐので」と言い残し、わざと遠回りとして男が完全に居なくなるのを確認してから家に帰った。本屋の18禁コーナーでもそうだ。本屋を出て明らかにその本屋にいた男が追いかけて声をかけてくる。男は私の胸元を見ながら、「少しお話しませんか」と誘う。私が急ぐのでと去ろうとすると、「どうしてもダメですか」と追いかけてくる。私は急ぎ足で近くにあるデパートの人混みの中に逃げる。昼間でよかった。そんなことが何回もあった。声をかけてくるのはまだマシかも知れない。延々あとをつけてくる男もいる。撒く為に通らなくてもいい道をぐるぐる回って、うしろに誰もいないのを何度も確認する。それでも、怖い。あとをつけられて家を知られたらどうしよう。本屋でアダルト雑誌を買う。レジにいる薄汚いオヤジがお釣りを渡しながら、ねっとりと手を触ってきた。殺したくなった。


 AVを借りたりアダルト雑誌を購入する女は男に飢えて、やりたくてたまらなくて、オナニーをする為にそういうモノを購入している、そんなに飢えているなら、俺が相手をしてやろうかと思うのだろうか。飢えている女なら何をしても許されると思うのだろうか。でも言わせてもらうなら本当に男が欲しくて欲しくてたまらないのなら女はいくらでもセックスの相手なんて探せる。露出した服を着て、もの欲しげに繁華街を歩けばセックスの相手ぐらいいくらでも見つかる。若くなくてもブスでもデブでも穴ならなんでもいい男なんていくらでもいる。テレクラに電話をかければいくらでも相手はいる。やれるだけではなく美味しいものを食べさせてもらったりお金をもらえることもある。

 私は、とんでもなくいやらしくて、とんでもなくおもしろいモノに飢えていただけだ。見知らぬ男に追いかけられたり触られたり、ましてやそんな男とセックスしたいわけではない。そんな男は皆、死んで欲しかった。



 そうして18禁コーナーからは足が遠のいた。いざ足を踏み入れてもレジの人にどう思われるか他の客にどう思われるか私が店を出たあとレジの若い男と女が自分のことを嘲笑するのではないかとか心配になる。いざ店を出たら、誰かがつけていないかとか知り合いに見られなかったかとかビクビクする。そんなことを考えるのが疲れた。


 本屋で奇妙な一冊の本を見つけた。不倫関係にあるAV監督とAV女優が自転車で北海道を旅するという内容だった。何がすごいって、その記録の本のあとがきをAV監督の奥さんが書いてるということだ。その頃、私には男がいた。20歳以上年上の初めての男だった。彼には遠距離恋愛中の婚約者がいた。それは承知で好きになったけれども関係にのめりこむほど辛くなった。彼の周囲の人間は誰も私と彼の関係を知らない。彼の婚約者はエリートで、お嬢様で周囲にも人気がある人だった。彼は婚約者と結婚するだろう。私は愛人のような存在だった。別れることが約束された関係。そんな時だったから、その本に惹かれた。その後、レンタルビデオ屋の18禁ではない、一般コーナーで、その本の元になったビデオを見つけた。


 「由美香」というそのビデオを見て泣いた。見る度に泣く。今でも泣く。あんまりにも感情が揺さぶらされるので情緒不安定な時は封印している。その頃には映画館で働いて月30本ぐらいの映画を見ていたけれども、こんなに感情移入してしまう映画は初めてだった。客観的に見られない。それまでも北海道が好きだったけど、もっと北海道が好きになった。その作品は元々はAVとして作られたことに驚いた。「AVってすげぇ!」と思った。


 婚約者のいる男と別れて次につきあった14歳上の男には妻子と私以外にも彼女がいた。AV見たいというと何本かレンタルビデオをダビングしたビデオをくれた。SMとアナルが中心だったが一本だけ毛色の違うものがあった。キレイな女の人が撮影者である監督に対して恋をしているのがわかる。音楽と時折挿入されるイメージシーン、不思議なビデオだった。でも女の人のセックスは素晴らしくいやらしい。「熟れたボイン」というタイトルのビデオだった。


 たまにビジネスホテルに泊まる時は千円でカードを買いアダルトチャンネルを見る。運の悪いことに、いやらしくおもしろいモノには出会っていない。他の女はどうか知らないし男もどうなのか知らないけど私は可愛い女の娘が裸を見せてあっけらかんと「H大好きで〜す」笑い、わざとらしい喘ぎ声を出すモノには欲情はしない。いやらしくもないし、おもしろくもない。ただ単にヌくことぐらいなら出来ても頭の方が欲情しない。

 たいていの女はAV自体は見たことはあると思う。ラブホテルでなどで。でも、「すげぇ!!」と思えるようなビデオに、たまたまめぐり合う可能性なんて低いだろう。女がAVを見ることに嫌悪感を持つ男の人も少なくない。私にAVを貸してくれた人は、奥さんも彼女も彼がAVを所有することを嫌がると言っていた。男の人ですら、そんな状況だ。女がAVを借りたり所有することは、そんな簡単なことではない。だからと言って平気で堂々と借りられる女の人にも違和感を感じる。私は、まだ怖い。通販で購入するのも少し怖い。個人情報が流用されないかとか家族と同居している時には会社名の書いてない郵便物を不審に思われないかとか。


 でも、私は飢えている。とんでもなくいやらしくておもしろいものに。すさまじくいやらしくておもしろいものに。おもしろいだけではなく、いやらしいものがいい。早送り出来ないようなものが見たい。何度も見たくなるようなものが見たい。おもしろいだけのものなら、他にもある。いやらしくておもしろいものが見たい。

 女向けっぽいAVなどもあるらしい。でも欲しいとは思わない。全てが全てとそうだとは思わないけれども「女はこういうのを見て喜ぶだろう」と考えて作られたモノには欺瞞的な匂いがする。セックス=気持ちが良くて素晴らしいもの、では無い。忘れたいような嫌なセックスもあるし、好きでないハズの男とのの思いも寄らないセックスがとんでも無く気持ちよかったりすることもある。漫画やビデオに関わらずわざわざ「女のための」と宣伝してあるモノは、どこか現実から目をそむけているような気がして苦手だ。数年前の選挙の時に、社民党が「女が変える政治」というようなスローガンを挙げていた時に感じたような違和感と不自然さを思い出す。

  初めていやらしくておもしろいものを見た日から10年以上経過し、その間、何人かの男と寝たし、アブノーマルといわれることもした、気持ち良いセックスもしたし、吐き気するような嫌なセックスもした。辛い恋愛もしたが、幸せな恋愛もした、それでも、私は飢え続けている。


 いやらしくておもしろいものが見たい。すさまじくてドロドロになってしまうような、いやらしくておもしろいものが見たい。いやらしくておもしろいものに飢えている。買うのは怖い。女がAVを見たり買ったりすることを軽蔑するかのような目で見る人間も居る。女が見るもんじゃないよと言う人間もいる。おかしいんじゃないのと言う人間もいる。女のくせにと言う人間もいる。そういうことをぬかすヤツらは勃起したことがないのか、濡れたことがないのか。男だろうが女だろうか金持ちだろうが貧乏人だろうが英雄だろうが聖人君子だろうが社会の底辺を這いずり回っているヤツだろうが、人間は逆らいがたい欲情の波に浚われて「いやらしいモノ」に飢えてどうしようもなくなってしまう時がある。



 私は飢えている。
 けれども飢えているのは私だけじゃないはずだ。