「鳥のうた、魚のうた」「職業としてのAV女優」

 知人が本を出して、どちらも非常におもしろかったので、ちと紹介を。



 「鳥のうた、魚のうた」小島水青・著 (メディアファクトリー


 最近、怪談とは全く別のルートで知り合った小島水青さんの処女作です。第6回「幽」怪談文学賞短編部門大賞受賞作。ちなみに前回・第5回の長編部門大賞受賞者が、以前メンズナウのインタビューにも登場してくれた三輪チサさん。
 
 幽霊だけが「恐怖」ではない。得体の知れないもの、自分の理解を超えるもの、そして気持ち悪いもの――それらはすべて「恐怖」をもたらす。だから、「幽霊なんて怖くない」人にも、怖いものは存在するはずだ。
 少女の絵が描かれたこの表紙の美しさに惹かれてページを開く。その少女、そして目が覚めるような「青」の背景の奥にある醜悪で気持ちが悪い「在らざるもの」のいきなりの登場に、我々は容赦なく、力づくで巻き込まれてしまう。
「在らざるもの」たちは、「この世に確かに存在するもの」に姿をかえ、匂いを漂わせ、声を持ち、歌さえ奏で、人の心を脅かす。
 表題作である受賞作の他の短編も、美しく、気持ちが悪い。ねっとりと我々を追いかけてくる醜悪なものたちと人間が混在する奇妙な世界は、まるで抽象的な絵画を見た時に感じるような不安をもたらす。叫びたくても声がでないような、感覚も。
 ああ、そうだ。不安こそが、恐怖なのだ。
 醜悪で、気持ちが悪く、不安で、美しい世界が描かれた一冊です。

 

鳥のうた、魚のうた (幽BOOKS)

鳥のうた、魚のうた (幽BOOKS)





職業としてのAV女優」 中村淳彦・著(幻冬舎

名前のない女たち」の著者である中村淳彦さんの初の新書です。めちゃくちゃ売れているそうですが、それも納得がいく良書でした。
 AV女優という職業について私は未だに割り切れない複雑な想いを抱き続けている。裸を晒し、知らない男とセックスして、その映像が売られ、ネットで半永久的に残る――決して割りのよい仕事ではない。蔑まれることもあるし、身近な人達を傷つけてしまうこともある。けれど演技が出来なくても、主役になり、賞賛され、気持ちよいことができて、普通に働いても得ることが出来ない高い報酬を得る――そりゃあ、楽しいだろうよ、とも思う。
 一度、高い商品として売られた経験がある女が、「商品価値」を失ってもそこにしがみついていつまでも夢を見続けるあまり、現実の世界に生きられなくなることは、AVの世界に限らない。商品として生きるならば、商品価値を知るべきだ。いや、それ以前に自分達は商品だと、いつか使い捨てられる商品であることも、知っているべきだ――そう思うことは、あまりにも「夢がない」と言われるだろうか。
 本書を読んだ人は、「裸になりセックスを売る」ことの安さに驚かれるかもしれない。しかもその映像が残るのだから。帯にもあるが「日当3万円」でAVに出る女もいるのだから。
名前のない女たち」シリーズでは、自らも絶望の淵に引き込まれそうになった著者が、本書では冷静に、「AV女優という職業」の現実を描く。「名前のない女たち」シリーズには、批判の声もあった。「不幸な女好き」「悲惨な話ばかりだ」「可哀想な話に仕立てている」などと。けれど、本書を読んでいただければ、中村淳彦氏が極めて客観的で冷静な視点を持った優れた書き手であることがわかるだろう。
 この本の救いは、かつてトップ女優だった小室友里さんのインタビューだ。引退して12年が経ち、今なお「小室友里」の名で活躍している彼女は、堅実で客観的で、それでいてトップ女優だった自分を愛してくれた人達を大事にしながらも、しなやかに幸福に生きている。小室さんはお会いしたことがありますが、美しく輝き続けている素敵な方です。
 皆が皆、小室さんのようになれるわけではない。けれど、中村さんが書いているように「現実を知ってから職業を選ぶべき」なのだ。

 AV女優は我々に夢を見せる仕事だ。出来るならば、引退してからも夢を見せ続けて欲しい。
 けれど、AV女優自身は夢を見ず、現実を見るべきで、その方が傷つくことも少なく、きっと幸せだ。
 夢を見るのではなく、夢を与える職業として、存在し続けて欲しい。

 けれど、このことはAV女優に限らない。この本に書かれている「売れるAV女優」の条件を見てもわかるとおり、一般企業に就職するにしても、フリーの仕事をするにしても、「仕事をする」ということの本質は、同じことなのだ。そういう意味でも、様々な人に読んで欲しい、生きていくうえで大切な「仕事」を知ることができる本です。