雨を見たかい 〜HAVE YOU EVER SEEN THE RAIN?〜


 10月1日付けで、社長秘書(実はただの事務職です)を辞めました。3年と1ヵ月勤めました。とはいえ、バスガイドは続けますし、これから忙しくなるので、あんまりのんびりは出来ません。
 けれど、事務職とバスガイド兼務は、本当に休みがとりにくく、融通も利かないので、これからはちょっとばかし自由になった。(いや、その分収入も減るので何とかしないといけないのですが)
 ある程度の大人になると、「自由」には「責任」が伴い、決して諸手を挙げて歓迎するものではないことを知っている筈。だから、気は楽になったとはいえ、不安はたんまりと抱えております。
 
 3年半前の4月、桜の季節。
 私は始発電車に乗り、田舎から大阪へ向い、面接を受けた。両親には内緒だった。家を出るなどと告げれば反対されることはわかっていたから。
 面接が終わり、京都に行った。そして坂本龍馬の墓に上り、満開の桜の京都市内を観て、泣いた。
 やっと、ここに戻ってこれるのだと。
 それより、数年前、家賃の滞納、サラ金の返済が出来ず、両親より「すぐに家に帰ってこい」と言われ、一晩で荷造りをして、いろんなモノを捨てた。雨の日だった。
 自業自得、全て私が悪いのだから、言い訳もできない。
 荷物を積んだワゴン車に乗り、十年以上住んだ京都の街を離れた。荷台に乗り、絶対に帰ってきてやるんだと、街に別れを告げた。
 そうして、3年前に戻って来れた。親に内緒で職と住むところを決めて。家を出ると告げた時は、号泣された。これ以上、親を悲しませ苦しめる気か、と。
 
 それから、3年と1ヵ月。
 自分がどう変わったのかわからないし、もしかしたら何も変わってないのかもしれない。

 けれど、「自分なんて生まれて来なかった方がよかった」「人間のクズ、早く死んだ方がいい」「生きてるだけで人に迷惑をかけるから、結婚も出産もしちゃいけない」と思いつめ、自分で自分を縛った地獄からは、少しは逃れたような気はする。

 
 事務仕事最後の日は、通常通りの業務をこなした。部長に、一応挨拶をすると、「どうせまた来るやろ」っと、サラっと流された。社長もそんな感じ。ま、出社はしないけれど、仕事を貰うので、話すし、会うし。
 寂しくないといえば嘘になるけれど。

 バス会社の人や、ガイドさんの反応は様々。
 結婚も出産も無いですよ! と、告げる。どうせバスガイド続けるから現場で会うし。明日も仕事だよ。
 いや、本当は寿退社したかったんだけど、その機会を待っていると、永遠に辞められそうにないので・・・
 寿退社、したかったなぁ。

 仕事が終わり、事務所の鍵を後任の娘に渡す。
 阪急電車で帰る。成城石井でいろいろ買物(京都には無いのだ)。
 
 そのまま家に帰る。
 いつもどおり。

 フリーになって、だらしない生活はしたらアカンから、毎朝これからも6時に起きようと誓っていたのに、翌日は昼まで寝てしまう。先週の日曜日仕事だったから、許してください。今日はちゃんと6時に起きたし。

 昨日は、雨。 
 部屋の整理。掃除機をかけたかったが、窓を開けずに埃がたつのが嫌なので断念。
 一日、雨。

 多分、あんまり変わらないです、なにごとも。
 この前、某所でも喋ったんですが、来年とかこれからとか、確たる展望はないんですが、なにごとも楽しくやりたいなぁ、と。
 楽しくやらないと、鬱になる。
 地に足をつけながら、楽しいことをやるために、私は事務職を辞めたのだ。
 
 楽しいことなら頑張れる。
 楽しくないことを頑張ろうとすると、辛い。
 楽しくないことの果てに、楽しいことがあるならば、なんとか頑張れる。

 気楽に生きていこうと思います。
 深刻な時代、地獄の時代は、もういい。

 いらない。

 こんな世の中だからこそ、楽しく、笑って、お気楽に生きていきたい。
 そして、私の好きな人達にも、そうして生きて欲しいです。