彼女の見た夢


 ずっと心に描く 未来予想図は ほら思ったとおりに叶えられてく


 ドリカムの「未来予想図2」を聴く度に、思い出す1人の女がいる。かつての同僚だった彼女は、ドリカムの大ファンだった。彼氏が嫉妬深くて、前の彼氏関係のモノは全て捨てさせられたけれど、吉田美和と前の彼氏と3人で撮った写真だけは捨てられないと言っていた。

 彼女は私と同年代の仕事仲間だった。知り合った頃、彼女の薬指には指輪が光っていた。誰かがその指輪のことを聴くと、最近同棲し始めた彼氏と一緒に買った指輪だと嬉しそうに答えたらしい。

 彼女と同じ指輪をしている男性が仕事関係者に居た。彼女と彼は最初は照れていたが、そのうち2人の交際をオープンにして、皆の公認になった。彼と彼女が同棲を始めた時、彼の同僚達がお祝いに自転車をプレゼントしたという。その自転車には、彼の名前と、彼の名字の下に彼女の名前が書かれていたそうだ。それを見て彼は、「もうすぐ、この名前になるんだからな」と彼女に言ったという。

 最初は、彼女は明るくて気さくで、「いい人」だと思えた。しかし、彼女は彼と同棲し始めてから、変わった。いや、変わったのではなく、本当の彼女が表に現れてきたのかもしれない。新しく職場に来た娘達に、自己紹介代わりに彼氏とのノロケ話をする。家事を一切しない彼の世話をする為に、やたらと仕事を早く切り上げたがる。そして次第に彼女は仕事に手を抜き始めた。

 「お客さん」の前で、同僚達の前で、仕事中に、2人が痴話喧嘩をすることもあった。「公認カップル」の彼と彼女はどんどんと仕事とプライベートの区別がつかなくなった。周りはうんざりして、「いい加減にしろよ」と思い始めた。彼女が同僚の仕事内容、プライベートなどを彼に話しまくることも皆をうんざりさせた。
 彼女は、「優しくて男らしくて、でも家ではとっても甘えん坊の彼」のノロケ話を皆に垂れ流す。聞いてもいないのに、セックスの事細かな話まで。私達は仕事で顔を合わす「彼」が、どういう性癖を、どういう性器を持っているかまで、知っていた。

 私のように、そんな彼女にうんざりしている人も少なくなかったけれども、中には、彼女のことを「羨ましい」と言っている人もいた。職場恋愛で、いつも一緒に居られて、同棲して、結婚の約束して、羨ましい、と。そういう娘達には、彼女は目を輝かして、いかに自分が「尽くす女」なのか、語っていた。

 彼女は常々、結婚したら仕事を辞めると言っていた。彼は家事を一切しない。彼は「男は台所に立ってはいけない」人で、彼女も「家事は女の義務!」とよく言っていた。ぴったりの組み合わせだった。
 彼女に言わせると、某芸能人の離婚の原因は、女が男より稼いだからだと言う。「女が男より稼ぐなんてアカンに決まってる!」から、彼女は結婚したら専業主婦になり彼に養ってもらうのだと、男に養われ、尽くすのが女の幸せだと言っていた。


 ただ、彼の収入は、家族を余裕で養えるほど高くない。
 そのことは、仕事関係者だから、私も知っていた。


 彼と彼女は嫉妬深かった。彼女が仕事中に仕事関係者に挨拶しただけで、彼が皆の前で「隙を見せた」とキレて物を投げたこともあった。彼の為に、彼女は趣味であるスポーツも辞めた。女友だちと飲みに行くのも嫌がった。彼女は、前の彼と南の島で一緒に住んでいたことがあったから、今でもその島の話は家では一切タブーだと言っていた。旅行の仕事なのに、彼は彼女が泊まりで行くのを禁じた。彼に負けず彼女も嫉妬深く、他の同僚が彼に電話をかけただけで、激怒してその同僚を追求した。

 「たまに、嫉妬深すぎて怖いと思うこともあるけど・・・でも、別れる気はない。だって、私、もう三十歳やもん。今から別に結婚する人見つけるなんて、できひんやん」

 と、彼女が言うのを聞いた時、唖然とした。

 
 私や他の同僚達が仕事のスキルアップに繋がる資格を習得しようとした時に、彼女はその講習に参加しなかった。呆れたように、私に言った。


「私らもう、三十歳やで? 今から資格なんかとってどーすんの? それより結婚相手見つけなあかんやん」

 と。

 唖然。


 彼女は、「結婚して家庭を作るのが夢」だと皆に語っていた。結婚式を挙げ、仕事を辞め専業主婦になり、数年後には家を買い、子供を生み、育てるのが自分の夢だと。その夢がもうすぐ叶うのだと。その為には三十歳という年齢はタイムリミットなのだと。彼女は、未婚のまま、彼のことを「旦那」と皆の前で言っていた。


 同世代で、彼氏は居るけれども結婚する気配もなく、資格を習得しようと勉強をしていた私や同僚達を、彼女は理解しがたいものを見るような目で見ていた。
 女の幸せは結婚やで? なんでそんなに仕事をしようとするの? と。彼女には私達のことがわからなかったように、私達にも彼女のことはわからなかった。

 ただ、不愉快だった。
 公私混同で、仕事に支障を来たし、そのことに悪びれもせず、「夢」を見る彼女が不愉快だった。夢を見たけりゃ、勝手に見るがいい。だからと言って、それを人に押し付けんなよ。てめぇの夢はてめぇが勝手に見ればいい。ただ、そんなふうに仕事に手を抜きまくるヤツと、同じ給料を貰うのがバカバカしいんだよ。夢を語る前に、金貰ってんだから、それなりのことはしろよ。夢より現実を見ろよ。



 彼女は、女は全て自分と同じように結婚したがって子供を欲しがっていると思い込んでいた。私にも「早く彼氏と結婚しろ」としつこく言うので、うんざりした。彼氏の居ない友達には、彼女の彼の友人などを無理やり紹介してくっつけようとまでしていた。「結婚できない」私達に比べて、自分はもうすぐ「女の幸せ」である夢が叶うのだという優越感に溢れていた。1人で旅行や映画に行くと、「寂しいなぁ!」と彼女に言われた。1人がいいから1人で行くのだというと、「信じられない!」と目を剥かれ、「寂しいやんっ!」と驚かれた。


 そのうちに、私は事情があって、突然その仕事を辞めて田舎に帰った。数ヵ月後、彼女も結婚のために仕事を辞めたと人づてに聞いた。彼女の夢が叶ったのだと思った。でもそれは私には何の関係も無いことだった。


 そして、数年後に私はまた京都に戻った。新しい仕事の関係で、ある1人の女と出会う。仮にその娘を、A子としよう。私より、随分年齢が下のA子の夫の名と職場を聞いて、耳を疑った。
 間違いなく、A子の夫は、「彼女の彼」だった。

 
 詳しいことはわからないけれども、確かにあのあと彼女と彼は結婚して、彼女は夢を叶え専業主婦となった。しかし、まもなく彼は、仕事でA子と出会い、彼女と別れ、A子と再婚した。


 A子は、彼女とは正反対と言っていいような人だった。愛らしいけれども、仕事熱心で勉強家で謙虚で、だけど必要な自己主張はキチンと出来る娘で、私より随分年下なのだけれど、教わることは多く、いつも感心する。家事も出来るだけやってはいるようだが、それでも自分の仕事を犠牲にすることはしないし、とにかく勉強家で責任感が強く、仕事関係者からの信頼も厚い。礼儀正しく、愛想があり、それでいて毅然としている。


 「夫」は、相変わらずいろいろとうるさいらしいが、私が知っている昔の「彼」から比べると、随分変わったと、「大人」になったと思える。以前、「彼女」の口から聞いた彼の話は駄々っ子で甘えん坊のマザコンのくせに支配的で暴力的な男だったもの。仕事での彼は、「男らしい」ですけどね。私は彼の偉そうな男臭さが嫌いだったけどね。男ってだけで偉そうにしたり、仕事が出来ないくせにプライドが高い男、でえ嫌れぇなんだよ。よくいるんだよ、女が自分より仕事が出来たり知識があったりすると、露骨に「勝ち」たがるアホな男が。


 なんだかんだ言いながらも、A子は一回りほど上の夫と仲良くやっているようだ。


 「彼女」は、どうしたのだろう。
 昔の同僚に聞いても、誰も彼女のその後を知らないと言う。仲が良かった娘は「ある日、いきなり連絡が来なくなってそれきり」と言っていた。
 多分、彼女のことだから、またどこかで男をつかまえてなんとかやってるんじゃないかと皆は言う。私もそう思う。

 彼女が彼に捨てられたと聞いた時、私は正直言って、「ざまあみろ」と思った。私は私を否定する人間が、そいつの思い通りになるのが嫌いだ。それは嫉妬かもしれない。思うようにならぬ人生を送り卑屈に足掻く私が抱く黒い黒い嫉妬なのかもしれない。
 彼女の夢は破れた。彼女のことなんてどうでもいいと思っていたはずだけれども、その事実と、彼が彼女と正反対の人を選んだことに残酷な喜びを感じた。


 結婚は女の夢なのだろうか。子供を生み、家族を持つこと。それは私がとうの昔に捨てた風景だった。
 男なんかに夢を託すのは、愚かだよと、「捨てられた彼女」に言ってやりたい。私は男に夢など見ない。男が自分を幸せにしてくれるなどという夢など見ない。さんざん嘘を吐かれ傷つけられ、私が牙を剥くと「お前は悪魔だ」と罵られ、捨てられるか、逃げるかを繰り返して、今でも男という生き物を憎み続ける地獄から抜け出せない私は、男に夢など見ない。

 だから、ほうら見てごらん、人間の心は変わるものなんだよ、男はあんたが泣こうが喚こうが縋りつこうが、容易くあんたを捨てる。
 男だけじゃない女もそうだ、人間は、1度は愛してると抱擁して永遠を誓った相手に、言葉を翻し立ち上がれないような傷をつけることだって容易く出来るんだよと、彼女に言ってやりたい。
 君が大好きだよと言ったその口で、他の女を愛していると、お前は他の男と寝るがいいと、ほざくことが出来るんだよ。


 だから、夢など見るな、と。男に、恋に、結婚に、夢など見るなと。だから自分が強く在ろうとしないと、ボロボロになってしまうんだと、言ってやりたかった。

 彼女は、三十歳をとうに過ぎた今頃、どうしているだろうか。別の男に夢を見ているだろうか、別の男との結婚に。それとも、もうこりごりだと、違う人生を歩んでいるのだろうか。どちらにせよ、私とは関係のないことだ。


 私は男に、恋愛に、結婚に夢など見ぬように、石に躓いて転ばないようにと俯いて歩いている。前を向いて歩くことが出来ない、足元をすくわれぬようにと下ばかり見て歩いているから。

 ふとしたことで夢を見てしまいそうになることがある。誰かが男という生き物を呪い憎む地獄から救ってくれるんではないかという夢を。しかしそんな荷の重いことを背負う男など居ないし、そこまで愛されもしないし、ましてや「可哀相な女が好き」な騎士きどりの男には唾を吐きかけてやりたいぐらいうんざりだ。好きな男にそんな荷物を背負わせて迷惑をかけ苦しめることもしたくもない。


 転ばぬように、躓かぬように、誰かを好きになり過ぎてしまわないように。夢など見るな、見てはいけない、ただ強く、強く、誰かに縋らずに泣きつかずに生きていけるように。

 私は男に夢など見ない。悪夢なら、さんざん見たけれど。
 夢など見るな。
 夢を見たなら、忘れなさい、早く。