恋をしなさい

 あなたが自分の「恋」を語る言葉が私の耳に痛い。私は何のとりえもない人間だから、私はこれから先、誰かに好きになってもらえることもないだろうから、だから今側に居る人と一緒になるしかない、と。

 あなたが自分の「恋」を語る言葉は諦めの言葉ばかりだということにあなた自身は気付いているのだろうか。あなたのそういう弱味に付け込んでいるその男の甘さとズルさと先の見えなさも。

 あなたの悲しい言葉を聞く度に、私は私の罪の瘡蓋を剥がして、たらりたらりと傷口から血を流し目眩を起こす。あなたを見ていると20代の頃の私を見ているようだ、あなたの言葉はあの頃私が自分自身を縛り付けるように毎日唱えていた言葉と同じだ。

 私みたいな駄目な人間を愛してくれる人なんて、好きになってくれる人なんてこれから先、一生現れることは無いだろう。だから、たとえ私を好きでなくても「必要」としてくれるこの人のために私は私の存在価値を見出すしかない。この人が必要としているのは私の存在ではなく、私が出す「お金」だけれども、それでも誰にも好きになってもらえない哀れな私を求めてくれるこの人のために、私は何でもしよう。

 私はそれを「恋」だと錯覚していた。
 狂っていた。
 好きな人を死なせないために、周りの人に嘘を吐き裏切って、身を削って、そして堕ちた。


 あのね、教えてあげる。
 世の中には、ホンモノの「人間のクズ」がいる。「別れた男の悪口を言うのは自分を貶めることだわ、別れた男は皆いい男だわ」と言う女の人達が居て、私はそういうカッコいいセリフを聞く度に、幸せな人達だと感心するけれども、羨望はしない。

 世の中には、ホンモノの「人間のクズ」がいる。私が昔、命がけで救おうとした男は、ホンモノの「クズ」だ。未だに私が自分の思い通りになると信じ、何の罪悪感も持たず、「自分が一番可哀想」だから、世の中を、自分から離れていった人達を憎むことでしかペラペラの安物のプライドを保てないクズだ。

 クズと関わった日々を私は憎む。
 いい思い出なんか一つも無い。

 昔、その男は、自分のペニスの複製を作り、それを30万円で私に売らせようとしたんだよ。自分のペニスの張り型は30万円の価値があるからと、「男を欲しがる女」を探して、売りつけようとしたんだよ。自分という存在にはそれだけの価値があると信じて疑わなかった。私が反論しようもんなら、「お前はわかっていない」とキレられた。
 そこまで調子に乗せてしまったのは、そいつしか男を知らなかった私かもしれない。
 昔の男に幸せになって欲しいなんて、口が裂けても言えない。お願いだから不幸になってくれ。どいつも、こいつも。私が昔好きだったクズ達は、皆滑稽な勘違い野郎だった。社会の枠から堕ちて「敗者」のプライドを必死で取り繕うかのように、異常に自分の性器とセックスの力を誇示するような種類の男達だった。


 私はあれからたくさんの男と寝た。
 だから、今なら言ってあげる。あんた達のセックス自慢は、滑稽で無様だと。
 私は、嗤う。

 
 あのね、私の話は極端な例かもしれないけれども、はっきり言うよ、あなたは私と同じようなことをしようとしている。あなたを痛めつけて苦しめても全く自分の胸が痛むことなく、「俺だけが不幸。俺が一番可哀想。だから、助けられて当然」な、卑怯で傲慢で、そのくせええかっこしいの男を増長させているのは、あなた、だ。
 あなたは彼が立ち直る未来を夢見てはいるけれども、実際のところ薄々は気付いているだろう。
 彼も「クズ」だよ。周りの人間に良く思われたくて必死に取り繕っていて、外面を良く見せることだけ上手な、タチの悪いクズだよ。わかりやすいクズ男なら、周りもあなたをもっと必死に止めるだろうけれども、巧妙に立ち回る非常に賢いクズだよ、彼は。

 あなたは頭の良い娘だから、薄々彼の正体に気付いてはいるだろう。私も何度も指摘してるしね。
 だけど、それでも、あなたが彼に縋るしか出来ないことも私はわかってしまう。
 どんな駄目な男でも、どんなクズ男でも、私を「必要としている」のは、この人だけだから。
 「私みたいな女」を必要としてくれるのは、この人だけだから、と。


 あなたは何のとりえもない娘じゃないし、あなたの存在は素晴らしいし、私はあなたを愛していると、何度言っても、あなたには届かない。私は、女だから、友達だから、それ以上の存在ではないから、あなたの苦しみの根を引っこ抜く力が無い。
 そして私は自分の無力さと、自分の声の届かなさに疲れ始めている。


 あのね、あなたは卑怯なんだよ。自分を卑下することで自分の身を守ろうとしている。あなたはズルいよ。あなたは自分のことしか見えていない。あなたの卑怯さが、周りを不幸にする。疲れさせる。何度もいうけど、「私は駄目だ」なんて、あなた以外の誰もそんなこと言ってないじゃないか。

 
 あなたは、恋をしなさい。
 人の弱味に付け込むのが得意で、ええかっこしいのクズ男に「必要とされること」をすり替えられた「恋」ではなく、あなた自身が他の男を好きになって必要としなさい。諦めと絶望が漂う言葉しか出てこない恋ではなく、生きていこうという力を与えてくれる恋をしなさい。

 たとえそれが叶わぬ恋でも、結ばれぬ恋でも、それでもただその人に出会えただけでも生きてて良かった、これからも生きていこうと思える恋をしなさい。一緒に居て笑える人と、楽しい時間を過ごせる人と恋をしなさい。言いたいことを言えずにストレスを溜め込んで体調を崩してしまうような関係に縋るのではなく、同情するのではなく、心が安らぎ癒される恋をしなさい。自分を追い詰めずに、自分を解放し救う恋をしなさい。
 あなたが救われるには、もうそれしかないような気がする。あなたが思うほど、あなたの世界は狭くないから、鍵を外して扉を開いて勇気を出して外の世界へ飛び出して恋をしなさい。クズ男と2人きりの狭い部屋から出てきなさい。恋をしなさい。恋をしなさい。

 あなたの弱味に付け込まない、あなたを痛めつけない、あなたに助けを求めて利用することしか考えていないような人じゃない人と出会って恋をしなさい。
 それしかあなたを絶望から救う道はないと思う。切に切に誰かに焦がれて、焦がれる幸福を抱き生きていく方がいい。あなたの絶望に付け込む卑怯な男の為に生きるよりいい。
 恋をしなさい。生きていこうと思えるような恋を。誰かを好きになることは、自分自身の意思を持つことでもあるから、流されるように堕ちていく前に恋をして、自分の足で歩いて生きていきなさい。