団鬼六伝「赦す人」

 作家・団鬼六――。
 その死の報の際に「最後の文豪」と冠されることもあった。
 最後の文豪――紛れもなく、作家・団鬼六は後世に名を遺されるべき「文豪」である。


 団鬼六を知っていますか。
「もちろん知っている」と、答える人は多い。
 けれど、それはポルノ映画の冠としての「団鬼六」であったり、SMというジャンルの代名詞としての「団鬼六」であったり、傑作官能小説「花と蛇」の原作者としての「団鬼六」であったり――決して間違ってはいないのだけれども、私はその度に、いつももどかしい。
 あなたは、団鬼六を知るべきだと、言いたくなる。
 作家としての、団鬼六を、と。


 私にとっては、団鬼六という人は、優れた文学作品を遺したれっきとした文学者である。
 生きることを、人間を描くことが文学ならば、団鬼六が書き続けてきたものは、まさに文学だ。
 人間のあたりまえの営みである「性」を通して、人が生きる悲しみと悦びを作品にした団鬼六という「作家」がいたことを、もっと多くの人に知って欲しい。



 団鬼六先生の伝記「赦す人」(大崎善生・著)を読みました。
 波乱の人生を生き、時代を駆け抜けた作家の生涯を描いた名作です。
 団鬼六先生御自身も、今までいろんなところで自分自身のことを語ってこられました。
 その団先生自身が語ってきた「団鬼六」の虚と実、そしてその口から語られなかった作家であり、男でもある「団鬼六」が、大崎さんという「作家」の眼で描かれています。


 純文学でデビューした後、その道を一度捨てポルノの世界で華開いたが、全てを失って還暦過ぎにまた「作家」として一線に躍り出て、「不貞の季節」「外道の群れ」「真剣師小池重明」など次々に傑作を世に発表して文学の道に戻ってきた団鬼六
 小池重明伊藤晴雨など、世から疎まれ石つぶてを投げられても己の内なる炎を燃やし生き続けた者たちを愛すべき者たちを、団鬼六は描き続けた。



 生きることが下手というような、甘いものではない。
 人を傷つけ自らも傷つき刃のような才と弱く脆い情を持った者たち。
 愛おしみながらも、その者たちの才と弱さ故の尖った刃に自身を投げ出しながら団鬼六は彼らを描いた。
 情の涙に濡れながら、優しく、弱い、才ある男たちを。
 彼らを愛し続けた団鬼六は、確かに「優しい」。
 けれど、優しい者は、人より傷つかねばならぬのだ。優しければ優しいほど、痛みから逃れることができないのだから。
 優しい人間は、哀しい。
 

「赦す人」の中で、衝撃を受けたのは名作「不貞の季節」の「虚実」の「実」の部分だった。
 SM作家の妻の不貞により離婚にいたるまでを描いたこの物語は、自身の体験だと語られ続けてきた。そして「赦す人」の中で、団鬼六はその物語を書いたことを「復讐」という言葉を使っている。
 自分を裏切った妻の不貞を描いた小説は、絶賛され「作家・団鬼六」の名を世に知らしめるきっかけとなった。けれど別れた妻は、傷つき、怒っていたという。


 けれど、あの小説を読んだ者なら、わかるだろう。これは復讐という蓑をかぶった、ラブレターなのだと。
 妻の不貞の相手から、妻の行為の様子を聞きだし嫉妬にかられながら妻への想いが高まっていく過程、そして去っていく妻への切々とした未練――。
 私は、「不貞の季節」のような、切ないラブレターのような小説を描けたらと、作家として願わずにはいられない。


「赦す人」の中で、団鬼六が「復讐」を唱える場面で私の脳裏に浮かんだのは「外道の群れ」のラストの伊藤晴雨の台詞だった。愛しい女を竹久夢二に寝取られた晴雨が、自分の子供を妊娠した女を逆さづりにして目の前にいない、自分のもとを去った女に放つ、あの言葉――。

 ――思い知ったか――



「愛してる」なんて、言えない。
 自分のもとを去ろうとしている者に、向かって、愛してるなんて、言えるわけがない。
 だから、作家は、こうして「復讐の物語」を描くしかないのだ。
 愛の言葉と、抱擁の代わりに――。



 団鬼六は、自分の愛する人たちを、自分自身を、描き続けた。
 愚かさも醜さもあますことなく描いた作品は、これ以上ない、人間賛歌だ。
 欲や弱さ故に正しく生きられない者たちに、それでも生きろ、生きるだけでええやないかと祭囃子のようにほがらかに謳いあげる人間賛歌だ。


 団鬼六の生涯は、人間をまっすぐ愛するが故に、花が咲いては散りを繰り返し、すさまじい修羅の炎の如くの業を背負っていた。
 けれどその炎は、人を燃やし尽くす炎では非ず。
 人を包み抱く慈悲の炎だ。
 地獄を彷徨う人間に、手を差し伸べる菩薩のような――まさに、「赦す人」。


 団鬼六という作家を、知ってください。
 「文豪」と称されるにふさわしい作家として。
 団鬼六の遺した素晴らしい人間賛歌を謳いあげた作品を読んでください。
 私は団鬼六の燈した慈悲の炎に救われて、何度も地に底に落ちかけながらも、なんとか生きながらえている。


 

赦す人

赦す人


 

 団鬼六作品について書いたブログ記事
「団鬼六という作家を知っていますか・前編」
「団鬼六という作家を知っていますか・後編」



 遺作「落日の譜 雁金準一物語」も刊行されております。

 

落日の譜―雁金準一物語

落日の譜―雁金準一物語


 団鬼六先生については、2月発売予定の第一回団鬼六賞大賞受賞作「花祀り」文庫版(幻冬舎)にて、改めて書いております。