空と君とのあいだに


「あんたは、優しい子だから」

 と、母が言った。

 私が男の言われるがままに、男を自分に繋ぎ止める為にサラ金で借金を重ね、家賃も払えず、働いても働いても金利が膨らみ、仕事場には金融会社からの電話がかかってくるようになり、遂には両親に全てがバレた時に、「理由」を聞かれて、「男の人に」とだけ私が答えた時に、悲しそうに母はそれだけ言った。
 
 まだ責められたり罵倒されたりする方が気が楽だった。いっそ縁を切り、見捨てて欲しかった。
 私は優しくなんかはない。弱いだけだ。弱いから依存した、弱いから男を引きとめようとした、弱いからそこから逃れることが出来なかった。意志が弱い、心が弱い、生きていくことが難しいぐらい弱い。だから唯一自分を認めてくれて理解してくれていると、当時は思っていた初めての男を繋ぎ止めるため、彼が大切にする婚約者の元に返したくないために言われるがままに金を渡していたのだ。
 今となればその男が私のことを認めてくれ理解してくれていた唯一の存在だというのは大間違いだったということがわかる。口先だけが達者で、理想とプライドだけが高く、五十をとうに超えているのにまともに働いて自分を養うことすら出来ぬクズだった。
 なまじ本を読み理屈を並べるのが上手い男は、自分で自分のことを賢いと勘違いして高みから人を見下し、そこから戻ってこられずに、口だけのクズになり年だけを食い世を呪い腐敗した人間になる。
 私のことを認めも理解もしていない、それどころか対等な「人間」だとすら思われていなかったのだと今ならわかる。自分が支配できる自分の一部だと思われていたのだ。だから私が何か彼の意に沿わぬことを口に出すと怒鳴られ否定された。
 
 お互いに恋愛などではなかった。
 腐った醜い、そして、世間によくある、弱くてどうしようもない人間同士の相互依存関係だった。

 初めての男だけど寝た男の数には入れたくない、ましてや付き合った男の数にも入れたくない、今まで一番永い時間を一緒に居た男だけど、恋人の数になんて入れたくはない。
 離れてもどれほど憎んだことか。他の男の下に行っても、私が生活を破綻させたことを知っていても、未だ私は自分支配下にあると信じて疑わず、数百万貸して三万円しか返していないくせに罪悪感など全く持たず、「男とどんなセックスをしているのか」を何度も聞いてきて、関係を復活させようとちらつかせてきた。もう何年も会ってはいないのに。
 この男は狂っているんじゃないかと思った。

 関係を求められてもこの男が私のことを愛してなどいないことだけは確かだ。自分の思い通りになる女を利用したいだけだ。自分が私の中でずっと一番の男だと信じているから、他の男とのセックスなど聞いてこられるのだ。

 私はずっとあんたを憎んで憎んで殺したかったのだよ、そして何よりも体面を気にして周辺に取り繕うことで自分を守るあんたのやってきたことをこうしてネットで不特定多数の人間に晒していると言ったらどんな顔をするだろうか。
 私が今まで寝た男の中であんたは一番最低のセックスだったと言えばどうするだろうか。あんたは自分のセックスと性器がいつもご自慢だった。その頃私はあんたしか男を知らなかったからそれをそのまま鵜呑みにしていたけれども、あんたより素晴らしい男はたくさんいる。
 女の言葉をそのまま受け止めて悦に浸る男は阿呆だ。女は男に媚びるために男の喜ぶ言葉を無意識に吐く生き物なのだから。

 憎めば憎むほど罪が重くなる。自分がしでかしたことの罪が。だから私はそこから逃れるために、貢いでいた理由を問われたならば、あれは恋愛なんかじゃ決してない、弱く卑怯な人間同士のよくある相互依存関係の産物だと答える。

決して、お互い、恋や愛などでは無かったと。

 私はそうして憎しみを書き綴ってきた。うんざりするぐらい、うんざりされるぐらい。
 インターネットの個人ブログは、ある種の暴力だ。
 不特定多数に自分に都合の良い情報を発信することが出来る。どう書いたって自分語りのブログの目的は自己正当化だ。しかも一方的で卑怯な正義だ。相手がどう思おうが、相手の言い分なんか関係ない。自分を正当化して正義面をして人の共感を呼んだり同情を集め己の正義に陶酔するにはこれ以上のツールは無いだろう。

 そして私は時折確信的にこうして憎悪を綴り自己正当化する。私の憎む人達がこれを読むことはないだろうけれど、一方的な情報を発信する。 
 だけど、そうして「自分は悪くない」と思わないと、憎悪が自分自身に向けられて死んでしまいたくなる時が多々あったのだ。卑怯な暴力を使わないと自分が保てない頃もあったのだ。そして、そうすることによって、あれは愛情などでは無かったと、だからもうそこに執着することはないのだと、そう思えることが出来て救われたのだ。

 私の上司は私の過去も影も知らない。
 彼女はいつも言う、「男に貢ぐ女なんてバカだ。女は自分を高め男に金を使わせることで価値をつけるのだ」と。
 男に金を使わせる女、それが「お値段の高い賢い女」なのだと。
 男に金を使う女は、「値段の低いバカ女」。
 まったくその通りかもしれない。

 おっしゃるとおりでございます。
 けれども、私は「値段の低いバカ女」の方なのでございます。
 値段の高い賢い女達に見下されるバカ女。

 あれは、恋愛感情などでは無かったと。
 甘い時間など無かったと。
 そう思わないと、そう言い聞かせないと自分を許せない。


 だけどだけど、本当は。
 あの頃は、最初は、私はあの男を好きだったのだ。この人が死んだら私も死のうと思っていた。この人のためなら死ねると思っていた。この人のためなら仕事も家族も友人も裏切ってもいいと思って実際にそうした。この人を助けるためなら何でも出来ると思ったのだ。
 私は、好きな男を助けるために、サラ金に足を踏み入れた。まさかその時は、その後その男を殺したいと憎む時間が何年も続くとは思いもよらなかった。
 私は幸せになりたかったのだ。好きな男を幸せにして。だけどやり方を間違えて不幸にしてしまっい、自分も不幸になってしまった。
 幸せにしたかったし、自分も幸せになりたかったのに、間違えてしまったのだ。私と関わらなければこの人はこんなにも腐った人間にならずにすんだのかもしれない申し訳がないと永年思い続けている自分がいる。
 だけどそれを優しさなんて思われたくもない。それこそが、自分を正当化したいだけなのだから。


 神様どうか、どうか。

 今度人を好きになる時はその人を憎まないでいたい。
 自分を守るために人を傷つける男を二度と好きにならないように。傷つけられたら憎んでしまうから。私は私を傷つける全ての人を殺したいから。




>>君の心がわかる とたやすく誓える男に
なぜ女はついてゆくのだろう そして泣くのだろう
君がすさんだ瞳で強がるのがとても痛い
憎むことでいつまでもあいつに縛られないで

ここにいるよ 愛はまだ
ここにいるよ うつむかないで

空と君とのあいだには 今日も冷たい雨が降る
君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる
空と君とのあいだには 今日も冷たい雨が降る
君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる
                  (「空と君とのあいだに」   中島みゆき











 神様どうか、どうか。
 好きな人を憎まないように、どうか。
 二度と溺れないように、どうか。
 愛してると、言ってくれる人のためにも、どうか。
 溺れずに、憎まずに、人を好きになれるように。