恋ひ恋ひて

恋ひ恋ひて逢へる時だに うるはしきこと尽くしてよ 長くと思はば      
                      大伴坂上郎女



 古代の歌人達の紡ぐ言葉の何と美しいことか。限られた文字数の中で想いのたけをこんなにも籠めて表現できるなんて。
 和の言葉の、何ぞ美しくしなやかなることか。


 万葉集の中の有名な恋歌です。恋しくて恋しくて逢いたいと想いを募らせ、やっと逢えたのだから、こうして逢っている時ぐらいは優しい愛の言葉かけて愛してると繰り返し言って、この関係を永く続けようとあなたが願っているならば。

 歌の解釈をもう一歩進めるのなら、あなたが言葉を尽くしてくれないと、私の気持ちだってどうなるかわかんないわよと男に釘を刺して甘えている。


 言葉なんてタダなんだから、何でそう惜しむのか。家を買ってくれとか車を買ってくれとか無茶な願いをしているわけではない。私のことを好きなのなら、これからもずっと一緒にいたいと思ってくれるなら言葉が欲しい。そしてほんの些細なことでもいい、優しさを態度で示して。頭を撫でてくれるとか、時折抱きしめてくれるとか、そんな些細なことでいいから。


 去年から今年にかけて、私は大事な大事なある人とサヨナラをした。いったん別れてまた再会したりしていろんなことがあったのだけれど、自分を救ってくれて生涯で最初に「愛されている」と思わせてくれた人との決別は、自分が選択した道のはずなのに大失恋した気分になって未だに痛みを残す。

 
 付き合いが永くなり馴れ合って、お互いが背負ういろんな荷物に追われて余裕がなくなり私達は言葉を交わすことが後回しになってしまった。たまに会ってもお互い疲労しきっていてどちらかが寝てしまい取り残された方は一人ぼっちで空を見ていた。


 最初はあんなにもお互いが言葉を尽くして想いを伝え合っていたのに。言葉だけじゃない、愛情が瞳に指に唇に溢れていて、どんな小さな仕草でもそれは愛しているというシグナルのようだったのに。

 どちらか一方が悪いわけではない。些細なすれ違いの数々が積み重なり、それに気付いてはいたけれども怠惰という一見人の良さそうな面構えの魔物に目を眩まされて、少しずつ少しずつズレは広がり手に負えなくなっていった。
 ああ本当にどちらも悪いよ。要するに怠惰だったそのひとことにつきる。めんどくさがって無意識に心を閉ざした者同士がそれを解決しようとも向き合おうともせずに別れに向って進んでいった。


 嫌いになったわけじゃない。だけど心が溶け合わぬ寂しさに気付いてしまった今となっては、もうあんな背を向けられてたまに振り向かれるような付き合いはしたくない。向こうは向こうで私にうんざりすることもあったらしいけれども、それもどうしてその時に言ってくれなかったのだと思う。


 「後悔」
 後になって、悔やむなんてうんざりするようなことはなるべくしたくないのに。

 別れた後で想いを言葉にされて驚いた。あなたは私のことなんて好きじゃなくなったと思ってた、どうでもよくなったのだと思ってた。私が去った後も追おうとはしなかったから、それがあなたの「答え」だと思った。


 どうしてどうして、たまに会える時に私の欲しい言葉を言ってくれなかったのか、私が望んでいることもあなたは知っていたけれども「俺はそういうことを言う人間じゃない」と跳ね除けられた。私は人の心が読めるエスパーじゃないんだから、言葉や態度に示されないと人の心なんてわかんないんだよ。いつだって不安なんだから。

 どちらにも非があって、どちらも怠惰で、馴れ合って逃げていた。いろんな出来事があってそれぞれに言い分があるのだけれどもそんなことは今となってはどうでもいいことで、ただ本当に愛情が冷めたり嫌いになって別れたのなら後悔などしないけれども、お互いが好き合っていた筈なのに言葉を交わさぬ怠惰のせいで気持ちのズレが広がって取り返しがつかなくなってしまったことが悔しい。


 月に一度あるか無いかの数時間の短い逢瀬の時はセックスに逃げ込んでいた。セックスは便利だ、目の前の欲情に身を委ねることでその先にある大きな闇から目を背けることができる。セックスしてるから好き合ってとても仲が良い恋人同士なんだと錯覚していた。そうして仲の良い恋人同士は言葉を使って心を交わすことを忘れて逃げて馴れ合って気がつけば声も手も届かぬほど遠くなった。


 だけど私はその人から言葉が欲しかったし、それを伝えてはいたつもりだったのだ。冗談っぽく言っていたけれども本当は縋っていたのだ。ただそういう心に余裕が無い私の逃げと依存を見抜かれてそれが彼には重かったのだということも、後で聞いた。

 あの頃は、お互いがお互いの背負う荷物でいっぱいいっぱいで心に余裕が無くて優しくなれなかった。もう今更そんなことを言ってもしょうがないのだけれど、それでも私は言葉が欲しかった。いろんなことと戦い泣く私を元気づけ励ます言葉と、逢えなくても好きだよという言葉が欲しかった。
 それも私の我儘なのだろうか。ただ、別れた後で愛情を示されてもどうすることもできない。なんで、あの時にちゃんと言ってくれなかったの、私が望む言葉を知っていたのに絶対に言おうとしないあなたが遠くなったから私は立ち去るしかなかった。

 照れくさいから、言わなくてもわかっているだろうから、恥ずかしいから、そんな言い訳は全て怠惰なだけだ。私はあんたのママじゃないから、無償の愛情を注ぎ込んでつれなくされても都合の良い時だけ甘えてこられても無条件であなたを受け入れ愛し続けますよなんてことは言えない。

 この前読んだあるエッセイに「愛とはめんどくさがらないことだ」と書いてあって、ホントにそうだなと思った。
 勿論あなただけがめんどくさがったわけじゃない、私も相当めんどくさがっていろんなことを置き去りにして自分のことしか考えていなかったからあなたをうんざりさせてしまっていた。「自分に自信が無い」という一見もっともらしい言い訳を自分の中の盾にして、未来を諦めて黙って去っていった。
 「愛とはめんどくさがらないこと」ならば、お互いがめんどくさがってしまった時点で愛は終わっていたのだろう。


 言葉なんて、タダなのに。
 口に出すのが怖いこともある。その言葉を発してしまうとそれに縛られてしまったりして逃げることが出来なくなってしまうから。
 だけど人を傷つける言葉なら自分の中に仕舞いこむべきだけれども、人を癒し愛して希望を与える言葉なら逃げずに口にするべきなのに。
 そうしないと、こんなバカバカしいことになってしまう。好きなのに、ずっと一緒に生きていたい相手だとお互い思っているのに、別れに向う道を選ぶなんて、バカなことに。
 本当に、呆れるぐらい大馬鹿者達だ。


 怠惰な男は嫌い。
 怠惰な男にしてしまった怠惰な女も嫌い。


 私の欲しい物は優しさと愛情とそれを伝える言葉。
 足場はいつもぐらぐらと不安定で、何かで自分を支えないと弱いからすぐつまづいてしまう。
 だから言葉を下さい、優しさと愛情が宿る言葉を。傷つける言葉はいらない、うるはしきこと尽くしてよ。神様は愛する人に愛してると伝える為に世にも美しい言葉を下さったのです、人を傷つける為に寂しくさせる為に言葉を下さったのではないのです。


 恋ひ恋ひて逢へる時だに うるはしきこと尽くしてよ

 2度と会えなくなってから、もっと優しくしておけば良かったと後悔なんてしたくないから。

 どうせ、人はいつかは必ず離別する。それが死に別れか生き別れかは、わからないけれども。

 必ず人は、別れて独りぼっちで死んでいくのだから。
 いつかはサヨナラしないといけないのだから。
 だから逢うへる時だに、言葉が欲しい。
 
 うるはしき言葉を、尽くして欲しい。