月夜の孤独
将来とか、世間とか、そんなことはもう考えられなくて、ただ心がその人の存在で溢れそうなほど満ちて、胸がかきむしられるように切ない夜がある。
別々の人間である限り、どんなに抱き合っても相手を手に入れることなど出来やしなくて、それでも求めずにはいられなくて、幸福と絶望で魂が浮遊する夜がある。
月を見ても、星を見ても、ただ切なくて、その人の存在だけが愛おしい夜。
ただ、あなたが欲しい。ただ、あなただけが。今私の欲しいものは、あなただけだ。
そんな時だけ神様の存在を信じられることが出来る。あの人をこの世に生み出してくれて、私も同じ世界に生み出してくれてありがとうございます、と。そしてあの人に出会わせてくれてありがとうございます、と。
身も心も焼き尽くすような想いを抱えて夜を彷徨う。ここにはあなたが居ないことは知っているけれども、それでも探さずにはいられない。私の側ではなくても、あなたは確かにこの世界に存在しているのだと、そう思うだけで笑みがこぼれる。
そしてどんなにあなたを想っても、たとえ抱き合えても、一つになれることなどありえないのだという哀しみと、いつか必ず来る別れの痛みを想い身もだえしながらも、夜を彷徨う。あなたを探しながら。
幸福と絶望を抱えながら、夜を彷徨う。眠れない夜を。
漆黒の夜の闇の中を照らす一条の月の光。その月の光だけを頼りに俯きながら前を見て歩む。暗闇の中で私達は生きている。月の光だけが絶望から私達を救う希望の光だ。
あなたの存在が月の光だ。あなたの声が、笑顔が、存在が、全てが私を救う月の光だ。月の光に導かれながら暗い絶望の闇の中を前を向いて歩く。
手を伸ばしても月を掴むことは出来ないけれども、確かに月の光は私を照らし道を指し示す。そうして私は救われる。
あなたが好きだ。あなたの存在が私の幸せだ。たとえ世界中を敵にまわしてもあなたを守る。あなたの過去も未来も含めたあなた自身を受け入れよう。
そういう想いが生きている上での至福の喜びで、だからこそ自分と相手の痛みや悲しみをも背負う覚悟ができるのだ。いつか必ず来る身を引き裂かれるような別れの苦しみをも。
そういう感情は、幾つかのラブソングのように切なく胸に痛みを与える。時には張り裂けそうになるほど響く。それでもその痛みを含めての甘さはこの上ない至福で、繰り返しその歌を聴いてしまう。
そして、セックスは誰とでもできる。誰とでもできるし、思いもよらぬ快感があることもある。逆に好きだと思う人とのセックスがよくなかったりすることもある。
でも好きな人と一番したい。愛する人としたい。誰とでもできる行為だけれども、好きな人としたい。好きな人とセックスして、悲しくなる時があるのは、そういうことだ。自分の中に相手の痛みや悲しみを含めた相手の人生が流れ込みいつか来る別れが見えてしまうから、好きな人とのセックスはどこか悲しい。
それでも、そのセックスは、自分を守ることばかりを考えて自分から何かを誰かを望んで欲しいと心から願ったことのない人間には味わえないセックスだ。そういう人間にはわからない至福の瞬間が、そこにある。だから、他の誰でもない自分自身が望む人とセックスがしたい。
自分を大切にしながら身を滅ぼさぬように相手も滅ぼさぬように前向きな形で、自分が持てうる武器で自分の好きな人を守りたい。守る強さを身につけよう。今まで一度たりとも出来なかったことだけれども。
傷つけられるのも痛めつけられるのも寂しいのも慣れている。今更怖がることのほどではないはずだから。
私はあなたの為に何ができるだろうか。あなたが私に幸福を与えてくれたように、私はあなたに何か出来るだろうか。
無力な私はきっとあなたが与えてくれる以上のものをあなたに返すことが出来ない。それでも何かしなければと思う。そう思いながら、生きていく。そのために、生きている。
恋をしなくても生きていくことはできる。きっとその方が平和で安全な人生だ。でも恋に救われる人間も確かに存在するのだ。
棘だらけの花に手を伸ばさざるを得ない人間も居る。痛みを避けられることなど出来ないとわかっていても、花が無くては生きていけない人間がいる。
そうやって人は、痛みで泣きながらも恋をする。やり場のない哀しみと溢れる想いを抱きながら生きている。
そうすることでしか生きられない人間もいるのだ。
自分を守る為だけに人を求めるような恋はしたくない。それは恋ですらないように思う。
そうやって、強く、生きていこう。この切ない月夜の孤独の幸福を胸に抱えて生きていこう。
あの心に染み入るラブソングを聴きながら。